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    野馬追文庫という支援
                撹上久子(子どもたちへ<あしたの本>プロジェクト* 臨床発達心理士)

                山内 薫(墨田区立ひきふね図書館)


 野馬追文庫とは

 野馬追文庫という支援は、心の痛みに子どもの本で寄り添ってきた、一元図書館員の発想が生み出しました。南相馬市、そこの人々の生活を見続けて、そこに今住んでいる子どもたちに、毎月震災が起きた日と同じ11日に子どもの本を届けているのが野馬追文庫です。野馬追いというのは、地域の伝統的なお祭り『相馬野馬追』からとった名前です。
福島県南相馬市という地域、ここは地震と津波の被害と放射線被害を受けた3重苦の地域です。現在なお復興というにはあまりにもかけ離れた状況です。子どもの半数はこの町から転居しています。昨年9月に再開した南相馬市よつば保育所は、再開時戻った幼児数は5割、また市内のある小学校では、新入生30人のはずが、8人でした。一方で、半数の子どもたちはこの地で生活を続けています。家族がバラバラに暮らしていることは、今はこの地では普通です。届ける本は、福島の現役の図書館員の力を貸りながら、地域の状況や季節などを考え、その月に送る本をリアルタイムで選んでいます。

なぜこういう支援が必要だと考えたのか
 震災後まもない時期から本を持って、当時まだ閉鎖された図書館や福祉施設で読み聞かせをしていた先の提案者のことばから引用させていただきます。
「一度にではなく、継続した援助が見捨てられていない気持ちと勇気をくれます。途切れなく、例えば「こどものとも」や「かがくのとも」が毎月送られるように送っていただけるのが良いのではと思います。まず、限られたスペースなので上記の本と同等の優れた絵本が10冊程度欲しいです。少ない本を何回も何回もかわるがわる見る中で本が子どもや親の中で力を持ってくるという感じを私は持っています。たぶん最初に送られてくる本が20冊だと多すぎる感じです。何を読むか迷うというのでは多すぎるのだと思うのです。選書に力を入れてくれると助かります。その後1ヶ月に2〜3冊ずつ定期的に送っていただけると子どもたちや親たちが「今月くるのは何だろう」と楽しみが出来ます。その生活の小さな楽しみが生きていく上で必要だと思うのです。南相馬市民の感情として「見捨てられた」「南相馬は見殺しにされた」という思いが強いです。ですから一時期に多量の本が送られることではなく、10冊ぐらいから初めて、月に1回何冊かそれが増えていくという喜びは、見捨てられていないという信頼や、生きていこうという希望につながり、優れた本の楽しさと相まって、子どもたちが本が大好きになるきっかけとなるものだと信じています。どうかセットではなく、母と子への読み聞かせに適切な選書をお願いします。つまり選書にこもるメッセージが欲しいのです。」

経 過
 2011年3月11日以後、子どもや子どもの本に関わるものたちは、本の力を信じ、本によるたくさんの支援に動きました。だが、こうした小規模な要請に応えられる形態の支援は少なく、<あしたの本>プロジェクトの中に、個別のニードに応じていた<だいじょうぶだよ>パッケージという支援がありました。これは障害など特別なニードを持つ子どもたちに楽しんでもらえる本を届けるプロジェクトでしたが、とりあえず、ここを窓口に、支援を始めました。(その後2012年春から野馬追文庫として独立させました)2011年8月11日、はじめの10冊を、7月当時、開設されていた仮設住宅12箇所、その後すぐに開設予定の6箇所の計18箇所の仮設住宅集会所に(つまり計180冊)お送りしました。その後は、2冊平均毎月11日に必ず届くように送っています。現在仮設住宅は、34箇所に増えています。
 本は、先に述べたように、毎月そのときそのときメッセージを込められるものを選んでいます。(決して一度に選ばないようにしています)いろいろな本が候補にあがってきましたが、思わず笑っちゃうような楽しいお話、住民にはお年寄りも多いため、その方たちも懐かしく知っているお話、語り継がれている力のある昔話、読み継がれてきたロングセラー本などを結果として今まで多く届けてきました。2012年11月から、輪の拡大と資金難の応援のために、この支援をよく理解してくださった高知こどもの図書館に利用者からの本の収集をたのみ、2冊のうち1冊をここの収集本から送っています。今後もこの輪は拡大していくつもりです。

本が人のつながりを作っていく
 現地に届く本は、当初は提案者の元図書館員の方が読み聞かせに回られていました。また、初めにこの支援をやりましょうと受け止めてくださり、震災直後から支援やボランティアの最前線に立っておられた原町保健センターの保健師大石さんや、その後窓口を引き継がれた南相馬社会福祉協議会の黒木さんはじめ生活相談員の皆様がサロンなどで活用くださってきました。今も仮設住宅に送る本は、34箇所に仕分けし、社協に送らせていただき、そこから、各集会所の本棚に分配いただいております。
本はその場で読むもよし、家に持っていってもよし、自由に使っていただくことにしました。図書館の本のようにいつまでに返さなくてはならないという制限を作らないことは、原発の状態がまだ不安定で、仮設での生活も不安定だった南相馬の実情が必要としたことでした。実際には、各集会所でとても大事に使っていただいています。今後の方向として、地元の文庫活動をしている方たちのご協力や、仮設の住民の中でおはなし会が生まれることを願っています。
 本を送りながら、南相馬市を見つめていると、少しずつ市内の方たちとのつながりも生まれてきました。市には、南相馬市立中央図書館という、素晴らしい図書館もあり、物的人的被害はなくとも、スタッフの避難で職員不足に苦しみながらも、「仮設住宅の方も、カードを作りにみえました。また、県外に避難している方が、一時帰宅の帰りに寄ってくれました。かなり疲れているようでしたが、図書館がよりどころになっていくことの重要性を痛感しています。南相馬の誇りをとりもどすために図書館が輝きを失わないよう、期待にこたえていこうと思います」(早川副館長)この地域で根を張って子どもたちに本の楽しさ素晴らしさを届ける活動をしていらしたちゅうりっぷ文庫の梶田さんは、怯えて泣く子を毎晩だいて絵本を読んであげたお母さんのお話をしてくださりながら、「より一層今だからこそ本力を感じています。」宮沢賢治が好きという農民出身の桜井市長は、「神から選ばれたと思って、南相馬から世界に羽ばたく子どもを育てたい。」と、自治体の首長としてのポジティブな決意を話して下さいました。

今後への思い
 被災地の子どものために、子どもを日々支える大人を支えることが重要だと痛感しています。南相馬に限らずに、被災地の大人たちの苦しさと必死さを、支援という名のもとにその思いに土足で踏み込まない配慮、支援者が主人公になってしまうことのない支援をすることの重要さと、そのことを貫くことの難しさも痛感しています。
殺風景な集会所に、本が並んでいるのを見たとき、自身がほっとしたことを覚えています。支援はまず日常を取り戻すことが大事といわれますが、日本人にとって本がある部屋というのはそれだけで日常であると感じました。そしてその本の存在が、人と人とのつながりを少しずつ紡いでいってくれています。ひとりひとりの抱えている事情や苦しさは、南相馬の中でも個別的で様々です。本には、その「個」に向けられるあたたかなまなざしが必ずあるとおもっています。日本の再生を、野馬追文庫という窓と鏡を通し共に希求していきたいと思っています。
*子どもたちへ〈あしたの本〉プロジェクト
(社)日本国際児童図書評議会(JBBY)
(社)日本ペンクラブ
(財)日本出版クラブ
(財)出版文化産業振興財団(JPIC)
が呼びかけ団体となり、原画展・イベント開催・図書館バス・にじのライブラリーの運営などのプロジェクトを展開中

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