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       著作権法改正(2009年)と
         障害者サービスの課題
                           山内 薫

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 以下は、山内薫様のご執筆になる、「図書館雑誌」2019年5月号(日本図書館協会)に掲載されたものです。視覚障害者の「読む」権利についての、法律の改正について述べられております。

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 1、経緯
 2009年6月、障害者サービスに係わる著作権法が大きく改正され、本誌でも小特集を組み(2010年7月号)、引き続き14回にわたってこの改正について連載した(2010年9月~2012年3月号)。
 1970年に制定された現行著作権法では権利制限の対象が視・聴覚障害者に限定され、録音図書の作製ができるのは点字図書館など福祉施設に限られていた。1975年1月19日付読売新聞都民版に「〝愛のテープは違法〟の波紋」という記事が載った。日本点字図書館のテープ図書を複製して貸し出していた文京区立小石川図書館に対して、日本著作権保護同盟がクレームを付けたのである。この事件を契機に公立図書館が録音資料を作成する際には、著作権者の許諾が必要となった。本誌1972年3月号に掲載された「視覚障害者の読書環境整備を」で公共図書館の開放を求めた視覚障害者読書権保障協議会(視読協)は、この事件以降『視覚障害者の読書と著作権』という冊子を4回にわたって発行し、著作権法改正問題に取り組んできた。(注1)
 公立図書館等は著作権者に文書を送り、録音の許諾を求めたが、いつまでたっても返答が無かったり、不許諾の返信が届くこともあり、録音図書の作製に時間が掛かったり、場合によっては断念せざるを得ない例も見られた。その後も全国図書館大会(1981年)で著作権法改正の決議が行われたり、著作権団体や文化庁などとの話し合いがもたれたりしたが、一向に進展の兆しは見えなかった。しかし2006年国連の「障害者の権利に関する条約」採択を機に、条約批准に向けた国内関係法の整備が行われ、その一環として2009年に著作権法が改正された。

 2、内容
 文化庁のホームページはこの時の改正について次のように解説している。(注2)
 ①障害の種類を限定せず、視覚や聴覚による表現の認識に障害のある者を対象とすること
 ②デジタル録音図書の作成、映画や放送番組の字幕の付与、手話翻訳など、障害者が必要とする幅広い方式での複製等を可能とすること
 ③障害者福祉に関する事業を行う者(政令で規定する予定)であれば、それらの作成を可能とすること(以下略)
 ①によって高齢者や発達障害者、知的障害者等々、一般の資料をそのままでは利用困難な者が広く対象となった。②によってそれらの人々が利用可能な方式の幅が大きく広がった。同時に改正された第43条(翻訳、翻案等による利用)(昨年の改正で46条の6となった)では「第37条第3項(視覚関係)」について「翻訳、変形又は翻案」が「第37条の2(聴覚関係)」で「翻訳又は翻案」ができるようになった。そして③の政令で定める施設の中に図書館法第2条の図書館の他、学校図書館、大学図書館、国立国会図書館(国会図書館は第37条第3項のみ)が含まれるようになった。
 日本図書館協会障害者サービス委員会はいち早くこの改正に合わせて「図書館の障害者サービスにおける著作権法第37条第3項に基づく著作物の複製等に関するガイドライン」(注3)を作成し、あらゆる資料利用障害者に対応できるように指針を整備した。また、2016年4月に施行された「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」を契機に「図書館における障害を理由とする差別の解消の推進に関するガイドライン」(注4)を作成し、具体的なサービス指針を提起した。この2つのガイドラインによって、今後の図書館の果たすべき役割についてはほぼ言及されているが、その具体的な方策については課題が山積している状況である。
著作権法改正や障害者権利条約の批准、障害者差別解消法の施行等によって、全ての図書館が図書館利用に障害のある人々へのサービスを行うことの法的な根拠が整い、条約や法を後ろ盾とした障害者サービスの実践が要請されている。

 3、今後の課題
 昨年改正された著作権法では、マラケシュ条約批准に関連して、本を持つことができないなど、さらに幅広い読書障害者も含めた権利制限が実現した。現在検討されている読書バリアフリー法の制定も併せ、図書館界と出版界が協同して読書障害者の問題を解決していくことが求められている。出版と同時に出版社から様々に加工できるデータを提供してもらえれば、多くの読書障害者にとって恩恵は計り知れないだろう。しかし、仮にワンソース・マルチユースが実現したとしても、マルチユースの部分で一人一人の読みの障害に合わせた調整が必要になる。特に弱視、発達障害、学習障害、知的障害など読むことの障害の個人差がとても大きい人々に対して、どうすれば読めるのか、読みやすくできるのかはマンツーマンでの調整が不可欠である。例えばある盲特別支援学校の学校図書館では、「一人ひとりにあった点訳本や拡大本、録音図書などの『読める資料作り』をすることが大きな役割になっている」(注5)といい、弱視の生徒への拡大写本も一人一人の見え方に合わせて個々に字の大きさや絵の拡大・トレース等を変える他、知的障害を伴う子どもにはやさしく読みやすくしたリライト(翻案)版の作成も試みられている。さらにリライト版や点字版では、絵本の絵だけのページの文章起こしも行っている。(注6)通常学級に在籍する子どもの中にも特別な教育的支援を必要とする子どもが6%~8%いるという調査もあり、(注7)学校図書館への期待は大きい。マルチメディアDAISY資料なども含め、一人一人の子どもの最も読みやすい形で資料を提供できるように図書館界が協力して学校図書館を支援する必要があるだろう。また例えば4月からの外国人労働者の受け入れ拡大が迫っているが、学齢期にある外国籍の子どもの不就学が問題となっており、現在でも18000人にのぼる子どもたちが学校に行っていないという。(注8)公立図書館や学校図書館でもそうした子どもを支援するための母語の資料ややさしい日本語に翻案された資料、音声と同期した資料などの提供、そして作製が課題となるだろう。いよいよ図書館でも識字問題の検討が現実となってきた。
 改正著作権法による利用可能な方式(デジタル録音図書の作成,映画や放送番組の字幕の付与,手話翻訳そして翻訳、変形、翻案など)で提供するには、資料の作成に当たって現状のようなボランティア的な製作者への依存では限界がある。国や自治体が予算を計上し、まず国レベルで資料の変換をサポートすること、個々の図書館では在野の様々な資料製作者と協働しつつ資料作成や対面朗読あるいは対面手話などに精通し、利用者一人一人と資料を結びつけることのできる人材を図書館員として雇用すること、この2つが障害者権利条約や障害者関係法の実現に欠かせない。
 また、全て図書館員がこの問題に関心を持ち、資料利用障害者の存在を視野に入れて図書館業務を行えるよう、司書・学校司書の養成課程で障害者用資料の提供、作成、そして変形、翻案などについて学ぶ必要がある。
注1 『視覚障害者の読書と著作権-著作権問題討議資料集-』視覚障害者読書権保障協議会は1976年11月、1977年8月、1980年7月、1983年10月の4回にわたって刊行されている。
注2 http://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/h21_hokaisei/
注3 https://www.jla.or.jp/portals/0/html/20100218.html
注4 http://www.jla.or.jp/portals/0/html/lsh/sabekai_guideline.html#1-5
注5 http://www.edu.city.yokohama.jp/sch/ss/yokomou/school/tosho/index.html
注6 『図書館等のためのわかりやすい資料提供ガイドライン』同作成委員会編 日本障害者リハビリテーション協会 2017 参照
注7 朝日新聞2012年10月17日「ニュースがわからん!-スピルバーグ監督の学習障害って?」、
文部科学省「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する全国実態調査」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/054/shiryo/attach/1361231.htm
注8 朝日新聞2019年3月1日社説「外国人の就労 等しく学びの保障を」- 1 -
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