「うか」061 トップページへ

  わたくしごと

                      木村多恵子


 入力していただいたテキストを読みながら、先ず皆様に感謝をせずにはいられない。一文字一文字がいとおしい。読めない文字や人名が出てくると、エーブルディクや広辞苑を見る。辞書の扱い方がまだ不十分なので、それでも分からないと、図書館へ飛んで行く。正直なところ、エーブルディクで見つけ出すと、改めて岡田先輩の勉強の後が明瞭で、頭が下がる。そして、わたしにこの勉強を勧めてくださる理由が一層よく理解でき、こんなわたしでも「やらなければ」との思いが迫ってくる。
 『竹取物語』について読んだが、むろん物語の筋立てはごくごくおおざっぱである。けれども昔、きれぎれながらもかなりこの物語を読んだことを思い出し、当時を懐かしくよみがえらせた。
 竹取の翁が、ある日、竹を取りに竹藪に入り、「すぐれて元光る竹」を見つけ、切ってみると「三寸ばかりなる、いと清げなる小さき姫出(いで)きにけり」(文章そのものはこの通りかどうかあやしいが、そんな印象がある)
 こんなはじまりと、5人の貴公子の求婚譚。彼らに、無理難題な条件を言い渡しながら、なよ竹のかぐや姫には結婚する意思など皆無ゆえの難題である。さらに、今上天皇の狩にかこつけての御幸、かぐや姫の昇天の壮大さはよく知られている。
 石作りの御子には、「仏の石の鉢」。くらもちの皇子には、「東(ひんがし)の海に蓬莱といふ山あるなり。それに白金を根とし、黄金を茎とし、白玉を実として立てる樹あり、それ一枝」。阿倍の右大臣には、「紅蓮の炎に入れても燃えない、火鼠の裘(かわごろも)」。大伴の大納言には、「龍の首に五色に光る玉」。石上(いそのかみ)の中納言には、「つばくらめの持てる子安貝」。
 これらそれぞれに与えられた難題の中で、わたしが心惹かれたのは、子供のこととて、当然、美しい白金の一枝と、まか不思議なもの、燃えさかる火の中に投げ入れても燃えない火ネズミのかわごろもであった。ところが、その一枝は、蓬莱へ行かずに、細工師を都から人里離れた所に集めて内緒で作らせたものだったし、裘(かわごろも)は火に入れるとたちまち燃え尽きた。
 この物語を今思い起こしても気になることは、かぐや姫が、あんなに、ふるさとである月の都に帰りたがらなかったにもかかわらず、否応なしに天の羽衣を着せられ、天翔ける御車に乗せられると、さっぱりと、そう、まったくきれいさっぱりと、全てを忘却してしまうことである。父親、もしかしたら恋人とも見まごうほどの愛情を示していた、竹取の翁に対する思いまでも忘れてしまう。まるで翁に会ったことも無く、「人の世に居た」ことさえ無く、それどころか、月の世界以外何も知らないもののように、つまり、この世は、かぐや姫にとって「仮の世」どころか、痕跡さえなくなるのである。もっと不思議なのは、姫が人の世に居たとき、「月の都」へ戻るのを拒んでいたとはいえ、古里を忘れてはいないことである。
 これらのことが気になる。今回この物語の成立年代は、おおよそ859〜885年であり、宗教的背景として、儒教、道教、仏教などの影響を受けた人が書いたのであろうということを、ほんの少しだけ知ったのだが、当時、「死」とはそのように、この世とは全く隔絶したものと考えたのだろうか。
 わたしは、「死」を考えたとき、最初は自分が焼かれたり、土の中に埋められるのが怖かった。次に、肉体の滅びは恐ろしいものではなくなったが、魂の滅び、この「思い」は何処へ行くのか、それが問題になった。かぐや姫のように何もかも「無」に帰するならそれはそれで気楽であろう、とも考えた。しかし、わたしには、どうしても魂が無に帰することを容認できなかった。五歳のときからキリスト教の養分を吸ってきたわたしには、当然の帰結であろう。
 ところが、今から20数年前の小さな体験は、不思議だった。わたしにとっては気がかりな手術で入院から退院までの経験の中で、医者から「あと一週間もすれば退院できますよ」と言われたとき、病院がけっして居心地のいいところではなかったはずなのに、そして帰宅したい思いもありながら、「退院」は不安をともない、心のどこかで、「まだここに居たい」と密かに入院が長引くのを願っていた。けれども、その日が来て、実際に我が家へ戻り、日一日と増すごとに、不安は消え去り、安堵が増し、どんどん、あの看護婦さん、この看護婦さんのこと、同室の方たちの優しさ、日々の回診のこと、それらすべてが徐徐に遠のいて行き、感謝だけがフンワリと心に残った。むろん、病院へ戻りたいなどとは思わなかった。この感覚はなんだろう?そう感じたとき、何故かかぐや姫の昇天の場面を思い出し、そのミニ体験をしたような気がした。
 わたしたちは確実な「死」はともかく、「なにか」をするとき、このような小さな「死と誕生」を幾つか経験してゆくのではないかと思った。

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