漢点字の散歩 (7) 岡田健嗣 |
4 言葉に出会う(承前)
B言葉(続)
ダイヤモンド“Diamond”:
木という字を一つ書きました
一本じゃかわいそうだから
と思ってもう一本ならべると
林という字になりました
淋しいという字をじっと見ていると
二本の木が
なぜ涙ぐんでいるのか
よくわかる
ほんとに愛しはじめたときにだけ
淋しさが訪れるのです
『寺山修司少女詩集』
上の詩は、本会の活動の柱の一つである『横浜通信・八二号』、この五月に発行した最新号の「編集後記に替えて」として、編集に当たって下さった会員の鈴木洋子さんが取り上げて下さったものである。『横浜通信』は、入力・校正ばかりでなく、掲載記事の選択と編集までオリジナルに行っているもので、漢点字文の触読のトレーニングに供したいと刊行を始めたものである。現在私はこの雑誌の発行には関わっていないが、このような形で寺山の詩に触れることができたことに、実に不思議な思いを味わった。
この雑誌を発行するに当たって、編集上の幾つかの取り決め、コンセプトと言ってもよいものを作った。@発行の目的は、漢点字の読みのトレーニングにあること、A記事を選択するに当たっては、その文章の水準を遵守すること、B内容は、言語・文字・文章・文学に関するもの、C文章の長さはごく短いものであること、等である。一々に理由はある。が要するに、質の高い文章に、漢点字の触読を通して接することのできること、触読にとって大きな弱点である早々の疲労との競走に勝ち続けながら、漢点字文の触読の力をトレーニングしようというのである。この雑誌は、本会が今の形の活動に入る以前から、会員の吉田信子さんの手によって作られて来た。創刊が何時だったか、記憶では追うことのできない年月を経て今日に至っている。そしてこの寺山修司の詩が、本会の立ち上げ当時に私の想念を占めていた思いを、また思い起こさせたのである。
寺山は、昭和一〇〜五八(一九三五〜一九八三)年、青森県生まれ、早大中退、歌人・詩人・劇作家という一生を送った。しばしばテレビに出演し、その舌鋒の鋭さと独特のキャラクターは、広範囲の支持者を得ることに成功した。また同程度の怨嗟をも受けた。後にタレントとなったタモリの御箱が、この寺山の物真似であることによっても、彼がどれだけ一般に支持されていたかが分かる。そのスキャンダラスさとスリリングさは、私たちの心の一角を離さなかったのである。 とはいえ私は、実のところ現在でも寺山の作品のほとんどを知らない。せいぜい彼の存命中、電波を通して、恐らく虚像であろう彼の姿に接しただけであった。
七〇年代に入って私は寺山ばかりでなく、多くのスキャンダラスな、スリリングな人たちがいることを知った。ただ寺山とは違って、電波のメディアにはほとんど登場しない。彼らは寺山の主たる顔である〈言葉〉の使い手たちであった。そうして初めて寺山修司が、言語表現を展開していることをも知ったのである。 スキャンダラスでスリリングな表現、一句一句・一字一字と向き合わなければ、読み手にはなり得ないような表現がこの世にはあることは、現在もまだ視覚障害者には紹介されていない。そのような言語経験のある視覚障害者は、実はごく限られているのである。というのは、一九九六年に本会が活動を開始するに当たって、どんな書物を漢点字訳するべきか検討した。そこで私は先の『横浜通信』のコンセプトを提案した。その具体例として詩歌の漢点字訳を挙げた。がやがてニーズが伴わないことが明らかになって、その計画は縮小されることとなった。現代の詩歌は、ベストセラーを除いて、ほとんど漢点字訳されぬままにある。
振り放け見れば寺山が逝って四半世紀が過ぎる。この間私たちは、未だ残念ながら彼の著書を触読文字で手にすることはできていない。他の刺激的な詩人や歌人の作品にも、接することができない。読書のニーズを鑑みると、視覚障害者の言語に対する欲求、文字に対する欲求を、今一度確認する必要があるのかもしれない。勿論寺山の活躍した時代と異なって、一般にも言語に対する欲求は弱まっているように見える。既に「現代詩文庫」の売れ行きは極めて危機的と言う。若い詩人にスキャンダラスさやスリリングさを求めても、世代のギャップと一蹴されるのかもしれない。
C文字の力
書家の石川九楊氏によれば、文字はその人の気力・体力を映すという。大ざっぱに言えば、気力・体力が充実していれば、その人の書く文字は大きく太く、ゆったりとする。反対に充実していなければ小さく細く、ちんまりして来るという。また大きく太くゆったりした文字を書く心がけは、気力の充実を促すであろうし、気力が充実すれば、体力も充実に向かうであろうと言っておられる。
さらに氏は、現在の日本人に、全て毛筆を使用させることはできないであろうが、それでも筆記具は大事な要素であると言う。現在では西洋から渡来した筆記具が主流だが、西洋の筆記具は先が硬質であって、筆圧をかけなければ書くことができない。その中でも従来の鉛筆が最も筆圧を必要としないので、普段は鉛筆の使用を勧めたいと言われる。筆記具の選択と文字の書き方に気をつけるだけで、身体の健康と精神衛生に繋がるとすれば、そうあるべしと思わぬ訳には行かない。筆記具の中でもボールペンは最悪という。鉛筆でもシャープ・ペンシルでなく、従来の小刀で削って芯を出すものがよいと言われる。このように手で文字を書く、筆や鉛筆で、筆圧をかけずに文字を書くことを勧めておられるのである。
数学者の岡潔博士は、「キーボードの使用は修羅の道」だと言われたという。(「生活の中の仏教用語」、『文藝春秋』二〇〇八年五月号、文藝春秋社)「修羅」とは「阿修羅」の略で、インドの神の名である。『広辞苑』にはこのように紹介されている。
《阿修羅: 〔仏〕 古代インドの神の一族。後にはインドラ神(帝釈天)など天上の神々に戦いを挑む悪神とされる。仏教では天竜八部衆の一として仏法の守護神とされる一方、六道の一として人間以下の存在とされる。絶えず闘争を好み、地下や海底にすむという。アスラ。修羅。非天。無酒神。》(『広辞苑第四版・電子ブック版』岩波書店)
「六道」は、
《六道: 〔仏〕衆生が善悪の業によっておもむき住む六つの迷界。すなわち、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天。六観音・六地蔵・六道銭・六道の辻はこれに由来する。六趣。》(同前)
「六道」では、「修羅」は人間の下、餓鬼・畜生・地獄の上に位して、煩悩に悩み苦しめられつつ闘争を好み明け暮れする存在とされる。そして「煩悩」とは、「衆生の心身のわずらわせ悩ませる一切の妄念。貪・瞋・痴・慢・疑・見」のこととされ、他にもこれらを加えて百八を数えるとされる。
こうして見ると「修羅」とは、今生きている私たちの姿そのものであることに気づかされる。煩悩に悩みつつ闘争に終始する。このような不条理、このような矛盾にも関わらず、そこから一歩も逃れられない。現在の世界、中でも経済・政治の分野を見ると、正しく「修羅場」である。キーボードから入力された電子信号は、電子マネーとなって人工衛星と地上を行き来し、あっと言う間に地球を一周する。そのエネルギーは独占欲、征服欲、名誉欲である。そして今日、原油・穀物価格の高騰、そしてそれが他の食料品・日常生活用品価格の高騰を招いている。
岡博士はパソコンのキーボードをたたくことを煩悩の業と言われた。博士は一九七八年に亡くなられている。当時はまだ現在のようにパソコンは普及していなかった。コンピュータは大学や企業の研究施設の最新設備として設置されていたのであろう。博士はそれを見つつ、このような見解を抱かれたのである。もし現在のパソコンの普及情況をご覧になれば、どのような感想をお持ちになったであろう?
岡博士はコンピュータの世界を「修羅の巷」と言われた。石川氏は文字を手で書くことこそ心身の充実の方法と言われた。
〈漢点字〉は〈点字〉である。〈点字〉はその構造を見ると、正しく「デジタル」の情報である。それはコンピュータの電子情報に酷似して、on/offを組み合わせた情報である。パソコンの電子情報は画面上ではフォントに変換されて、「文字」というアナログの視覚情報となる。〈点字〉の場合は、ピンディスプレイやプリント印字された〈点字〉は、確かにそのままでは点の組み合わせと見える。しかし既に本誌でも述べたように、〈点字〉はデジタルな情報として触知され、アナログな像(パターン)として認知される。カナ点字では、「、、、、、、、」などの点字符号は、あたかも見えない線で結ばれて、図像となって、「き、け、こ、さ……め」となって読まれるのである。
〈漢点字〉の点字符号も同様である。「」はウ冠、「 」はウ冠の下に寸、「守」である。「」は人偏、「 」は人偏の右側に寸、「付」である。「」はさんずい、「 」はさんずいの右側に良、「浪」である。このように「」の形はウ冠と、「」の形は人偏と、「」の形はさんずいと了解される。つくりの部分も、「」の形は寸と、「」の形は良と了解されて、一つの文字の要素と了解されるのである。
〈点字〉の符号も、触知され読み取られるプロセスで、パターン化され像となって、認知され了解される。〈漢点字〉の符号をこのように了解できれば、〈文字〉としての機能を充分果たし得るであろう。そのためにも、触知・触読のトレーニングは欠かせない。
石川九楊氏のサジェスチョンに従えば、視覚障害者が心身の充実をはかりつつ〈文字〉の世界に入るには、「読み」のトレーニングとともに、手で書くことを日常とすることが肝要であるはずだ。点字であるから筆圧を云々することはできない。しかし、手で一点一点点字を打つのは、〈漢点字〉をパターンとして了解するのに大きな力となるに違いない。
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