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漢点字の散歩 (9)


                               
岡田健嗣

         4  言葉に出会う(承前)

    
E点字の構成(再び)

 今回も〈点字〉の構成を考えます。〈点字〉をご存じない皆様も、点字をパターンとしてお受け止めいただければ充分です。点字で何が書かれているかを読み取る必要はありません

    
 一八二五年、ルイ・ブライユによって初めて案出された〈点字〉は、当初、中々世に受け入れられなかった。ブライユは、その普及を知ることなく、一八五二年に、肺結核で亡くなった。四十三歳だったと言う。
 当時の欧州は帝国主義真っ盛りで、各国が産業革命を争っていた。その歪みの一つと言われているのが、農村の疲弊と都市の巨大化であった。都市の巨大化と言うのも、農村から流出して都市に流れ込んだ元農民による人口の増大のことで、人口は急速に稠密となって行った。そして公衆衛生の不徹底と相俟って、肺結核という度し難い病の瀰漫をもたらしたのである。
 勿論肺結核は、その時代に初めて知られた病ではない。ずっと以前から死の病として恐れられていた。しかしブライユの生きた十九世紀から、二十世紀にかけての流行は、未聞のものがあった。我が国でも第二次大戦後にアメリカから導入された抗生物質を待つまで、癒やし難い病として恐れられていた。ブライユもそのような病で、命を落とすこととなった。産業革命の陰の部分は、民衆に大きな犠牲を強いたと言える。
 さらに産業革命は、貨幣経済の促進と欧米帝国主義国家の巨大化をもたらして、二つの大戦とその後の冷戦として実現したことは言うまでもない。
 しかしそのような陰の面ばかりをもたらしはしなかった。勿論物資を豊かにし、交通を発達させ、限りない技術の発達と、経済の拡大があって、もう一つの変化、人の意識の上に変化が現れた。農村から都市に集まった人々は、中世以来の都市文化を吸収しつつ、経済の拡大をエネルギーに、新たな文化を築き始めたのである。その発現の一つが、人権の芽生えと、識字への欲求であった。
 視覚障害者であるブライユとその周辺の人々は、そのような空気の中で、自らを鼓舞したのである。そうして〈点字〉は誕生した。

    
 ここに示した表は、お馴染みのブライユの点字の一覧である。その下に示したのは、点字楽譜の音階を表す音譜である。
 ルイ・ブライユがどんな人物かは、よく分かっていない。一般には、幼児期に失明し、天才の名をほしいままにした人物の姿だけが
喧伝される。



 ブライユについて語られるとき、もう一つ出て来る姿がある。オルガン奏者としてのブライユである。そこで言われることは、ブライユが先ず求めたのは、触読文字の〈点字〉ではなく、触読できる楽譜だったというのである。確かにそうかもしれない。目的意識として、オルガンを弾くのに必要なのは楽譜である。触読できる形で手に入れたいと欲っしても、彼の置かれる環境からすれば、けだし自然である。
 しかしこの〈点字〉の符号の一覧を見ると、楽譜の点字、音階を表す点字を念頭にだけ組み立てられたとも思われない。先ずはアルファベットを定めるための点字符号の一覧を作成(ブライユが作ったのは、五列・五〇番目までであった)して、アルファベットをその前半二五番目までに順に当てて行くという作業を行ったと見える。(当時のフランスでは、まだWは定まっていなかったと言う。)
 ここで既にご紹介していることだが、〈点字〉の構成を復習して見たい。
 ブライユが作った一覧は、縦三点・横二列の六つの点「」を最小単位としたパターンであった。この形を日本語では「マス」と呼ぶ。
 しかしブライユの想定した〈点字〉の最小単位は、この六つの点の構成ではなかった。この一マスの上の四つの点「」のパターンである。つまりこの四つの点「」で全ての文字が表せれば、誠に目出度し目出度しであったのである。ところが当時のフランス語で使用するアルファベットは二五個である。四つの点「」の組み合わせで表せるのは一五通りである。これでは到底数が足りない。
 読者諸兄姉に思い出していただきたいことがある。一九世紀前半のフランスの作家・スタンダールの「パルムの僧院」では、主人公が牢獄の窓から見えるある屋敷の窓の内に、美しい娘のピアノを弾いている姿を発見する。一瞬にして虜になる。じっと見詰めているうちに、先方が目を上げる、目が合う。話はこのように進むが、主人公は何と大胆な行動に出る。暗号通信を試みるのである。どんな暗号かと言えば、ペンを手に持って振る、その回数がアルファベットを表すのである。Cなら三回、Qなら一七回、Vなら二二回振る。随分気の長い暗号ではあるが、どうやら功を奏したようで、先方の女性も同様の方法で、返事を返してくれるようになった。
 こういうエピソードを見ると、当時一般に、アルファベットの文字が、Aを先頭として何番目にあるかを、多くの人が知っていたばかりでなく、そこに意義を見出だしていた可能性は強い。少なくともアルファベットを、序数詞として使用していたはずである。それを逆に応用したのがこのエピソードの暗号である。
 ブライユの〈点字〉も、四つの点「」でできる組み合わせのうちの、一〇個の点字符号を基本形として順序づけて、その下に「」の二つの点を加えた六つの点「」を単位として表すことにした。それを五列に整理し順序付けて、五〇個の点字符号を定めたのである。その点字符号の一番目をAとし、二番目をBとし、……、最後の二五番目をZと決めたのである。
 数字も同様で、一列目の一〇個の符号を使って、左から1・2・3……、一〇番目の符号、アルファベットではJに当たる「」で、0を表すこととした。
 このようにブライユは、点字符号を整理し順序付けることと、アルファベットの序列を対応させる作業を通して、後の〈点字〉の可能性をも確保したと言えるのであろう。

    
 さて、音階を表す〈点字〉はどうだろうか?
 その前に、墨字の楽譜の表記法を復習しておきたい。音符の表記のみを考える。
 墨字の音階の表記:墨字の楽譜は「五線譜」と呼ばれて、五つの横線の上に長円形を印して、音の高さを表す。音の長さは、その長円形の形で表される。また五線の左端には「ト音記号、ヘ音記号」と呼ばれる記号が付されて、表される音の高さが定められる。一目で高さと長さが分かるようになっている。
 点字の音階の表記:点字では線を引いて音の高さを表すことができない。そこで高さと長さを一つの点字符号で表すことにした。
 音楽で言う「音階」には、二つの表し方がある。その一は、お馴染みの「ド・レ・ミ・ファ」である。
 点字の音階符号の基本形は、一覧の一列目の四番目から一〇番目までの七つの符号を使用している。その音符は八分音符である。
 表のように、この点字符号が表す音階は、ハ長調の「ド・レ・ミ・ファ…・シ」である。ピアノの鍵盤の中央から、白い鍵盤だけを使って奏することのできる「ド・レ・ミ」である。
 もう一つの音階が「A・B・C…G」である。(ドイツ語圏では、Bの代わりにHが当てられる。)これはハ長調の「ラ」から始まって「ソ」に至る音階で、やはりピアノの白い鍵盤で弾ける音に付けられた名称である。我が国では「イ・ロ・ハ・ニ・ホ・ヘ・ト」が当てられる。
 この「A・B・C」と「ド・レ・ミ」との関係が重要である。調子を決めるのが「A・B・C」で、決まった調子(長調のとき)の主音から始まる音階が「ド・レ・ミ」である。つまり「A・B・C」と呼ばれる音階は、音の高さの位置が定まっていて、どんな場合でも「A」と言えばハ調の「ラ」に、「E」と言えば、ハ調の「ミ」の音を指すのである。「ド・レ・ミ」は、この「A・B・C」で定められた調子の主音を基本とした音階の名称なのである。そこで我が国では、調子を「ハ長調」とか「ヘ長調」とか呼んでいるのである。つまりハ長調の「ド」は「C」の音を、ヘ長調の「ド」は「F」の音を指す。
 点字符号の側からこの関係を見ると、実にややこしくなる。点字一覧の表から見れば、明らかに一列目の四番目から一〇番目の符号を使って表されてはいる。点字符号の順序からすれば、ここに示したものが自然である。しかしこの符号の配列が示しているのは、ハ長調の「ド・レ・ミ・ファ」でしかない。しかもこの点字符号は、「C・D・E・F・G・A・B」をも表しているのである。つまりハ長調のドの点字符号は「」、ヘ長調のドの点字符号は「」となる。点字一覧の表の順序をハ長調の「ド・レ・ミ」に当てるということは、点字の楽譜の基本構造が、ハ長調の音階を表すところにあることを意味しているのかもしれないし、文字を表す点字との間に、少しならず齟齬を来すことにもなった。
 確認のために音階を表す点字符号と、文字を表す点字符号を比較して見る。音階のCは「」、文字のCは「」、音階のFは「」、文字のFは「」、音階のAは「」、文字のAは「」である。このようなずれが生じている。
 このずれがどこから来たのか?私の想像であるが、生物の系統樹を思い描けば、理解し易いのではないだろうか?
 ブライユが〈点字〉を案出する際、脳裏にあったのは文字と楽譜、両方の表記法の確立であった。
 先ず色々なケースを想定して、点字のパターンの最小単位を定めることにした。その結果として出来上がったのが、点字符号の一覧である。
 これが系統樹の一番根本に位置する。
 そこから楽譜の幹と文字の幹が別れる。楽譜の幹は極めて短い。現在私達が使っている点字の楽譜は、世界に共通しているのである。
 もう一方の幹である文字は、長く伸び、広く枝葉を別っている。世界の言語に対応したものに変化したのである〈漢点字〉もその一つである。

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