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漢点字の散歩 (12)

                    岡田健嗣


    5  点 字

本稿では、〈点字〉をご存じない皆様も、点字をパターンとしてお受け止めいただければ充分です。点字で何が書かれているかを読み取る必要はありません。


 1. 英語点字(3)
    まとめ-拡張アルファベットと一マス略字


 前回・前々回と、英語点字について考えて来た。触読上の読み易さを追求して、ブライユ以来の点字を、各国語に適するよう改変(進化)させて来た推移の一部に、英語点字の略字を通して垣間見ることができればと思うからである。今回その全容をご紹介できるはずであるが、その前に、前回の留意点をまとめておきたい。
 @単語を表す一マス略字: 音素を表す拡張アルファベット(前号参照)三三文字のうち二九文字が、一文字で一つの単語を表す略字として用いられる。一文字で一語を表すために文中では、その前後にスペースを入れなければならないこと、他の文字や単語とは結合できないことという制約があって、名詞の複数形、動詞の語尾変化、あるいは複合語の形成には用いることができない。例:
 d(do) → does  do(doing)  don't
 e(every) → eybody(everybody)(e、後述)
 g(go) → goes go(going)
 h(have) → hav(having)
 k(knowledge) →klg(knowledged) klges(knowledges)  klg(knowledging)(k、後述)
 l(like) → lik(liked)  likes  lik(liking)
 w(will) → will(willed)  will(willing)  wills  willls(willness)(s、後述)
 (child) → ildhood(childhood)  ilds(childness)
 (which) → i e(whichever)
 (out) →  t(without)   t(throughout)
 (still) → illlife(stilllife)  ills(stillness)

 A一マス音節略字: 一つの略字で、子音と母音で形成される音節を表す。この中には、単語の略字として用いられるものも多い。

 Blower 4 dots sign: 41〜50番は、“lower 4 dots sign”と呼ばれて、マスの上四つの点の組み合わせでできている1〜10番の符号を、下の四つの点の位置に下げて表した符号である。これらは55・56番とともに、punctuationや文章記号を表すのに用いられる。また略字としても用いられる(前号参照)。

    二マス音節略字

 二マス略字とは、二つのマスを使って表す略字である。英語点字では、"right side dots"である58〜63番の符号を、文字に前置して表す。57番「」はアクセント符号であるので、ここでは使用されない。58「」、59「」、60「」を文字に前置することで、単語あるいは音節を表す二マス略字を作るのである。また61「」はイタリック符号、62「」は字母符号、63「」は大文字符号であるので、これらが前置されて略字を表す場合は、語尾および語中の音節略字に限られるのである。例:
 c(cannot)
 d(day) → holid(holiday)  ye d(yesterday)
 d(ound) → bd(bound)  fd(found)
 e(ever) → eyd(everyday)   e(forever)   e(wherever)
 e(ance) →  e(chance)  p me(performance)
 e(ence) → defe(defence)  fe(offence)
 f(father) → gr f(grandfather)
 g(ong) → sg(song)  ppg(pingpong)
 h(here) → h(herewith)
 h(had) → hn't(hadn't)
 k(know) → ks(knows)  unkn(unknown)  acklge(acknowledge)
 l(lord) → ov l(overlord)
 l(ful) → butil(beautiful)  cel(careful)
 m(mother) → gr m(grandmother)
 m(many) → G m(Germany)
 n(name) → rend(renamed)  nam(naming)
 n(sion) → vin(vision)  expresn(expression)
 n(tion) → tracn(contraction)  emon(emotion)
 n(ation) → nn(nation)   n(station)  mn(formation)
 o(one) → eyo(everyone)  moy(money)   o(stone)
 p(part) → dept(department)  picul(particular)
 q(question) → qa(questionable)
 r(right) → br(bright)  spr(spright)
 s(some) → s (something)  sts(sometimes)
 s(less) → ds(endless)  uns(unless)
 s(ness) → holis(holiness)  kds(kindness)
 s(spirit) → sual(spiritual)
 t(time) → ts(times)  mit(maritime)  tim(timing)
 t(ount) → ct(count) mta(mountain)
 t(ment) →  t(comment)  mot(moment)  trtt(treatment)
 u(under) → u (understand)   u(thunder)
 u(upon) →  u(thereupon)
 w(work) → w(working)  wop(workshop)
 w(word) → ws(wordless)
 w(world) → uw(underworld)  wip(worldship)
 y(young) → yman(youngman)  ywoman(youngwoman)
 y(ity) → abily(ability)  cy(city)
 y(ally) → nny(nationally)  rey(really)  usuy(usually)
  (there) →  e(therefore)   n(therein)
  (these)
  (their) →  s(theirs)
  (character) →  iic(characteristic)
  (through) →  t(throughout)
  (those)
  (where) → any (anywhere)  no (nowhere)
  (whose)
  (ought) → b (bought)   (thought)

 以上が、二マス略字の全てである。これをまとめると以下のようになる。
 @この二マス略字の構成は、一マス音節略字に従っている。58〜60番の「」の符号が前置された二マス略字は、「and・for・of・the・with・in」の一マス略字と同様に、単語として機能し、語の構成要素となり、あるいは複合語を組成する。61〜63番の「」が前置された二マス略字は、「ing・ble」の一マス略字と同様に、語尾および語中の音節を表す。
 Aこの二マス略字の右側のマスには、拡張アルファベットの文字が入る。その中で用いられていない文字は、「a・b・i・j・v・x・z・gh・sh・st」である。拡張アルファベット以外では唯一「the」が用いられる。このように英語点字の基層は、この拡張アルファベットが占めている。
 B58〜63番のright side dotsを前置して二マスの点字を作る試みは、ブライユの起案にはなかった。ブライユは縦三点・横二列「」の一マスを単位とした点字を考案したがその前に、「」という四つの点のパターンがある。点字は六つの点ではなく、先ず四つの点から始まったというのが、恐らく真相であろう。英語点字の二マス略字は、点字の概念をもう一歩進めたものになっている。四つの点で始まったブライユの点字、それがブライユ自身の手で六つの点の文字へ歩を進めた。その後各国語に伝播する中で、英語点字では、right side dotsを前置した、その前のマスとは一点分の幅を置いて、縦三点・横三列のパターンが、点字の単位となって行ったのである。これは試行錯誤と経験則のなせる業であって、弛まぬ研究の成果に違いなく、極めて大きな意味である。
 人の眼球は常に細かく振動しているという。網膜の視細胞の閾値を低く留めるためであると言い、また像を認識するためには、その周辺との差異を認知することが必要だからとも言われる。点字の触読も、指先を常に動かすところにコツがある。疲労しないように大きな動きは避けなければならないが、指の動きの中から文字が生まれて来ると言ってもよい。そんな経験から二マスを単位とした点字が、自ずと認識されて来たのであろう。

 縮字(short-form word)
 最後にご紹介するのが、“short-form word”(縮字)である。これは、単語の綴りの中から数文字を抜き出して、綴りそのものを短くするものである。“Ltd., inc.”のように、墨字でも慣用的に用いられている方法であるが、それを体系付けて、単語の綴りを短くし、文章の文字数を少なくするものである。この略字は数多いので、代表的な単語を挙げることにする。例:
 ab=about  abv=above  ac=according  acr=across  af=after  afn=afternoon  ag=again  ag=against  al=also  alr=already
 c=because  f=before  s=beside  bl=blind  brl=braille
 n=children  cv=conceive  cvg=conceiving  cd=could
 dcl=declare  dclg=declaring  ff=first  fr=friend  gd=good  grt=great
 imm=immediate  xs=its  lr=letter  ll=little  nec=necessary  pd=paid  qk=quick rcv=receive  rcvg=receiving
 sd=said  d=should  s=such  td=today  tgr=together  tm=tomorrow  wd=would  yr=your

 以上は縮字を網羅したものではないが、おおよその特徴を示すには充分と思える。
 @この縮字を使用するには、墨字文の略字に後置される省略符号の「.」は、使用されない。
 A縮字の“xs(its), yr(your)”は、“x(it), y(you)”にsやrをプラスしたものではなく、“xs, yr”という二マスの縮字である。
 B縮字は、単独の単語として機能するばかりでなく、語頭や語尾に文字が付加されたり、他の語と複合したりできる。例:
 s(beside) → ss(besides)
 bl(blind) → bls(blindness)
 imm(immediate) → immly(immediately)
 lr(letter) →lrpress(letterpress)
 C語尾にeのある動詞には、注意が必要である“cv(conceive), rcv(receive)”の過去形・過去分詞形ではdを後置することで表されるが、現在分詞形では、eを取ってingを付ける必要がある。そのために、“cvg(conceiving), rcvg(receiving)”という縮字が用意されている。
 Dさらにeで終わる語について、“dcl(declare)”の現在分詞形は“dclg(declaring)”であるが、名詞形である“declaration”は、eを除くために縮字を使用できない。“decl n”と表記する。同様に“brl(braille)”も名詞の複数形を表すにはsを、動詞として使用する場合の過去形・過去分詞形にはdを後置することで表されるが、現在分詞形を表す場合は、縮字を使用できない。“braill”と表記する。
 以上である。ここにご紹介した略字の使用には、微細に渡る規則が適用される。その詳細は、“American Printing House for the Blind”版、“ENGLISH BRAILLE”をご参照下さい。

 英語点字はこのようにして、文字の捉え方を一歩も二歩も進めている。これ以上進化すれば、一般の文字との間に、隔たりを見ることになる。専門分野の表記法や“stenography”(速記法)も考案され・使用されているが、一般の点字の文書は、この略字法によって表されている。フルスペリングの文書との分量の比較では、約三〇パーセント縮小できるという。欧米の言語は、書き言葉であっても、発音と意味とが直結している。文字は音を表すだけで、意味は指示しない。そのために点字にも、発音の速度とリズムに適うことが求められたのであろう。

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