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               訳書紹介「人名字解」


 以下に『人名字解』(白川静著、平凡社、2004年)の「まえがき」を、ご紹介します。同書は、現在本会で漢点字訳し、横浜市中央図書館に納入を予定しています。
 『人名字解』
        まえがき


 わが国の文字政策は、敗戦の結果、占領軍の厳しい指導のもとに、1946(昭和21)年に「当用漢字表」が発表され、当用漢字1850字の音・訓を定め、その範囲で使用されることとなった。内閣告示として定められたものであるから、これらは当然公的文書の全般に及ぶべきものであったが、ただ地名・人名等の固有名詞については、別に考えるとされた。しかし、1947(昭和22)年に改正された戸籍法では、人名に使用する漢字を当用漢字の範囲に制限した。
 やがて人名漢字を当用漢字だけに制限することに対する批判の動きを受け、国語審議会の審議を経て、1951(昭和26)年、内閣告示として「人名用漢字別表」が公布された。これによって当用漢字以外の92字を人名用漢字として、人名に使用することが認められた。その後、人名用漢字の問題は国語の問題にかかわるものであるが、戸籍法等の民事行政との結びつきが強いものであるとして、国語審議会の作業と分離し、その扱いは法務省の管轄とされた。
 人名用漢字の数は次第に増加し、2004年9月の693字の追加によって、現在983字になっている。一方、1981(昭和56)年、「当用漢字表」に代わって「常用漢字表」が内閣告示として発表され、常用漢字の数は1945字になった。この常用漢字と人名用漢字を合わせた2928字が人名に使用することのできる漢字である。
 常用漢字と人名用漢字とが人名として並用されることになると、それぞれの表に規定されているその用法上の相違が、また新しい混乱を生ずることになる。それは「常用漢字表」には各字について音・訓の使用法が規定されているからである。その表には、たとえば雅には「まさ」の訓がなくて「ガ」の音だけであり、「ハク、バク」の音がある博には「ひろ」の訓がない。人名としてはその訓を用いることは普通の用法である。また一方、人名用漢字にはその全体に音・訓の定めがない。どのような音・訓を与えても違法とはいえないことになる。また、2004年に法務省令によって追加された人名用漢字の中には、字形の上で従来の人名用漢字や常用漢字と不統一のものがみられる。
 このような問題は、常用漢字と人名用漢字の両者をより高次の立場から統一し、その音・訓に歴史的な使用法をひろく容認し、本来の字形を尊重する方向で字形の整理を行う以外に解決の道はないように思われる。
 いま人名用漢字についてのこのような問題点を考慮し、その文字の原義をたどり、慣用の歴史を考え、好悪を知る上に参考となる資料を提供することにした。人名は、その与えられた子どもの人格形成の上に、この上ない大きな影響を与えるものである。親として子どもの幸福を願わぬものはないが、その名を選ぶに当たって、その文字について一応の知識をもたれることが望ましい。それで、人名用漢字の従来用いられている一般的な音・訓の用法について、標準的な知識を提供したいと考えて、この書を編集した。参考にしていただくならば、この上ない喜びである。
 なお、人名用漢字のうちには、常用漢字の旧字形が一部含まれるが、それらの字の解説と用例については既刊の[常用字解]をみていただきたい。
 本書の作成に当たっては、およそ半数の字の解説を白川静が担当執筆し、残りの字の解説文の執筆と細部にわたる編集は津崎幸博がこれを担当した。校正は津崎史も担当した。
    平成17年12月
                                   白川 静

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