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これまでに、漢点字について様々な疑問や質問を頂戴して参りました。それらへのお答えとして、ここに『Q&A』をまとめました。これには、漢点字の構成の説明は含まれません。他の資料をご参照下さい。 また本稿は、この2月に行われた、東京都図書館職員研修会の資料として執筆したものに補筆したもので、本会機関誌『うか』38号に掲載したものです。 ▼漢点字は難解か? Q 〈漢字〉という文字は、一般にも難しい文字ですから、視覚障害者の方が〈漢点字〉を学ぶのは、なおさら難しいのではないでしょうか? A 漢点字が難しい文字であるか、そのために教えるのが困難であるか、実はまだ検証されておりません。現在の視覚障害者にとっては、独習だけがその方法ですから、難しいと感じられるかもしれません。〈漢字〉の習得は、一般に初等教育の課程でなされます。今言えることは、〈漢点字〉が難しいと感じられるとすれば、それは〈独習〉の難しさを言うのであって、公教育のカリキュラムで取り上げられた場合に生ずるであろう困難とは、質を異にするものだと言えるだけです。 Q 〈漢点字〉が難しいのではない、と言うのですか? A その難しさは、〈漢点字〉一人に負わされるものではないだろう、と言うのです。教育の課程で文字が教えられて、初めて識字率の向上が見られるということは、我が国にばかりでなく、世界どこでもおこっていることです。すなわち、〈漢字〉ばかりでなく、二六個しかない欧米の文字でも、それは変わらないのです。 Q 〈漢点字〉にも同じことが言えると? A そう思います。障害者への教育ですから、一般のそれと同じようには行かないでしょうが、困難があっても、克服できないものではないはずです。 ▼視覚障害者とパソコン Q 現在は、コンピューターと音声化ソフトの普及が目覚ましく、視覚に障害を持つ人にとっても、読み書きの環境が変わって、従来の点字さえ必要なくなって来たのではないでしょうか? A 技術の発達は視覚障害者にも、確かに大きな恩恵をもたらしました。そのうち最大のものが、コンピューターを使用して、独力で文字が書けるようになったことです。全くとは言えませんが、かなりのところ、不自由なく普通の文字を書くことができるようになりました。 Q 『読む』という側面からも、インターネットから幾らでも情報が摂取できて、それを音声で聞くことができます。そうすれば、〈漢点字〉を勉強したり、触読したりという苦労は要らなくなるのではないでしょうか? A 『読む』という行為を考えますと、触読し得る〈文字〉が必要なことは論を待ちません。と言いますのは、情報とは、単に買い物やイベントのそればかりではないからです。より深い理解と分析を必要とするものも含まれます。インターネットに代表される技術の発達は、視覚障害者にも、多くの情報をもたらしました。確かにそれは恩恵です。しかしそれは、点訳や音訳という他者(多くはボランティア)が介在するトゥールを通してではなく、直接本人にもたらすことを意味するもので、情報として、これまでの活字メディアからのそれと、質が変化した訳ではありません。むしろ、点訳や音訳という他者の解釈が介在せずに、視覚障害者自身が、独力で理解し分析しなければならなくなったことこそ、重大な変化なのです。つまり、これまでは他者の理解を頼りに情報を処理して来たのですが、これからは一般と同様に、〈漢字〉の知識と読解力が求められるということなのです。 ▼点字で漢字を表すとは? Q 〈点字〉で〈漢字〉を表すと言っても、〈漢字〉には〈漢字〉の形があります。それを表現するのは難しいでしょうし、その字形が分からなければ、その〈点字〉を〈漢字〉と呼ぶことはできないと思いますが? A 点字は一八二五年に、フランスのルイ・ブライユが考案し発表したものです。ブライユは、軍隊の夜間用の暗号を知り、それをヒントに、六つの点を組み合わせて、アルファベットを表すことに成功しました。この〈点字〉によって、ブライユの周辺の人にとって、一つ一つの文字だけでなく、文字が織りなす文章まで理解できるようになったのでした。しかし何故か、盲学校の先生方には大変不評でした。「このような点の組み合わせは文字ではない、文字というのは、ペンを使って線で表されるもので、視覚障害者は、線の文字を浮き出させたものを触読しなければ、文字を読むとは言えない」と言うのでした。そのために、〈点字〉は三〇年もの間、〈文字〉としては、認められませんでした。 〈漢点字〉にも同様のことが言えるのではないでしょうか。アルファベットと漢字を同等に語ることはできませんが、「触読」のための文字という観点からは、指先で触れて読み易い〈文字〉が求められているのです。〈漢点字〉は、確かに〈漢字〉の形まで表現されてはいませんが、〈漢字〉の構成は、充分理解できます。また、補助的に、点線で表された漢字のパターンを参考にしながら、漢字や文章への関心を深めて行くこともできます。現在の高等教育の水準ならば、漢文の訓点に至るまで、充分表現できていますし、〈漢点字〉で表されたテキストから、要点を抽出し、理解することや、文学作品を鑑賞することなど、文の持つ目的や機能は、充分果たし得ます。 ▼点字としての漢点字の位置づけ Q 〈漢点字〉は八つの点でできていると言いますが、複雑になって難しいのではないですか? A 〈漢点字〉は八つの点でできています。縦に四点、横に二列です。従来の点字より縦の列に一点余分にありますが、一番上の点は、〈漢字〉であることを示すもので、〈漢字〉とカナとの区別を触知するための符号です。触読するには欠かせないものですし、その下の漢点字本体の点は六つですので、従来の点字と変わりありません。 Q なるほど、『漢字仮名交じり文』は、文字通り〈漢字〉と〈仮名〉が交互に入り交じった文ですね。 A そうです、日本語の文というのは、〈漢字〉も〈仮名〉も、場合によっては、世界のあらゆる文字や記号を、一緒に溶かし込む力を持った文なのです、まるで水のように。 ▼盲学校における漢字教育 Q 現在盲学校では、〈漢字〉について、どのように教えているのですか? A カリキュラムの中では教えていないということです。盲学校の初等教育の中で、先生方がそれぞれのお考えで、個別に漢字を教えようとしておられるとは聞きますが、触読文字である〈漢点字〉を教えているとは聞いておりません。 Q それでは〈漢字〉の教育をどのように考えているのでしょうか? A 詳細は分かりませんが、簡単な、画数の少ない漢字を、浮き出し文字で教えているところもあるとお聞きしています。 Q それで充分なのでしょうか? A 何人かの先生方にお尋ねしたことがあります。そのお話を総合しますと、「視覚障害者の子供たちに〈漢字〉を教えるのは難しい。取りあえず、基本的な文字を教えて、〈漢字〉に興味を持つ子があれば、〈漢点字〉でも何でも教えればよい、能力と努力があれば、〈漢点字〉など一年もあれば習得できるし、習得できないのは、能力がないのだから仕方がない」。また別の先生は、「学校では〈漢点字〉は教えない。カリキュラムにないからだ。勉強したい子があれば、独習すればよい。また、従来の学校の勉強が忙しい、〈漢字〉の勉強をするくらいなら、教育課程で決まっている勉強をしっかりやって欲しい。〈漢字〉や〈漢点字〉の勉強は、学習負担になるだけだ」、と言っておられます。 Q 〈漢字〉の学習を、国語を含めて他の科目の学習とは別と言われるのですか? A そのようです。 Q 盲学校の教育と普通教育とは違うと考えておられるのでしょうか?普通教育では、まず〈文字〉の教育を基本に置いて、その進行に合わせて、他の教科の課程が決められているとお聞きしていますが? A 盲学校では長く〈漢字〉の教育が行われて来ませんでした。それが一つの伝統になっているのかもしれません。 ▼日本語点字と漢字 Q ところで、全く素朴な疑問ですが、何故点字には漢字がなかったのですか? A 大きな理由は、視覚障害者には〈漢字〉を理解させることは無理だ、と考えられていたからです。 Q どうしてですか? A 我が国に点字が入って来たのは、明治維新の後のことです。文明開化として、西洋から移入された社会制度の中の教育制度の、またその一つの特殊教育に含まれていました。当時の我が国の一般の識字率は、六〇パーセント程度で、一般にも〈漢字〉の教育は非常に困難なものと考えられていました。ですから、視覚障害者には「不可能」と思われていたのも無理はありません。 Q しかし、一般の識字率が六〇パーセントというのは、けして低い数値ではないように思われますが? A 江戸時代には、公教育という制度はありませんでしたが、子供に手習いとして〈文字〉を教えようという気運は高かったようです。ただ、身分制の中、「学問は武家のもの」というのが支配的な考え方でした。幕末になって力関係が変化して、裕福な町人や百姓に、その広まりを見せました。 Q 明治以前にも、既に大衆化が進んでいたのですか?それにもかかわらず、〈点字〉に〈漢字〉を取り入れなかったのには、他にも理由がありそうですね? A そうです。もう一つ、当時、日本語をカナ文字で表そうという運動が、強力に押し進められていました。日本点字の創案者の石川倉次先生も推進者のお一人で、〈漢字〉を視覚障害者に学ばせるのは無理と言われるばかりでなく、一般の日本語の表記から〈漢字〉をなくそうともおっしゃっておられます。ですから、明治の初期には、〈点字〉に〈漢字〉を持ち込もうという運動そのものがなかったのです。 Q カナ文字の運動は、単に識字率が低いからという理由で進められたのですか? A 勿論そればかりではありません。西欧の文字、アルファベットが二六文字であって、大変効率的だと考えられたからです。日本語を表記する文字で、アルファベットに相当する文字はないか?そう、カナ文字かローマ字です。 Q 盲学校では、現在でもそのように考えておられるのでしょうか? A それはどうでしょうか?ただ言えることは、積極的に〈漢字〉を教えようとしていないことです。また、先生方の中には、カナ文字こそ日本の点字の本質と言われる方もおられます。 Q 一般のカナ文字の運動は、現在も継続しているのですか? A 勿論続いています。 Q どのような表記にしようと言うのでしょうか? A 日本語をカナだけで表記しようというのですが……。 Q それは可能と思われますか? A 可能であれば、点字にとって大変幸福だったでしょう。しかし残念ながら、日本語の表記から、漢字を排除することはできませんでした。現在もそれには変わりありません。 Q 本当はどうなのでしょう?それはできないことと思われますか? A 絶対に不可能とは言えないかもしれません。しかし、そう主張される方が、普段から、〈漢字〉を用いない文を書いて、発表していただく必要があります。私たちが使っている日本語は、音読でも訓読でも、〈漢字〉の裏付けのないものはありません。〈漢字〉を除外した日本語を使うのは、これまでになかった、全く新たな日本語の創出を意味しています。カナ文字運動には、それが求められるのではないでしょうか。 ▼漢点字の誕生 Q 〈漢点字〉はどのようにして産み出されたのですか? A 元大阪府立盲学校で教えておられた、故・川上泰一先生が、盲学校に赴任された当初から、視覚障害者が〈漢字〉を学ぶ機会を奪われていることに心を痛めておられました。そこで、〈点字〉にも〈漢字〉が必要とお考えになって、お作りになったのがこの〈漢点字〉です。 Q お一人のお力で作られたのですか? A そうです。生徒さんの協力を得ながら、大変なご苦労の末、完成されました。 Q その〈漢点字〉の普及がなかなか進まない理由を、どのように考えますか? A 元々識字というのは、公教育制度によって推進されたものです。公教育の一環として行われなければ、現在のような九九.八パーセントという数値は得られなかったのです。そうしますと、一人視覚障害者だけに〈漢字〉の教育が施されていない現状が、やはり普及を妨げている要因であると考えるほかないのではないでしょうか。 Q 〈漢点字〉が難しいからだ、という声もあるようですが? A これは先にも触れたように、一度も検証されたことがないのです。単に「これは難しい」と言われているだけで、それでは、普通の文字は難しくないのかと言えば、そうではありません。繰り返しになりますが、初等教育で基本的な教育が行われなければ、決して現在のような識字率には至らなかったのですから。 ▼六点漢字は点字の漢字か? Q もう一つ大きな課題があります。いわゆる「二つの点字の漢字」です。これはどう考えますか? A これもどなたが言い出したのか、今となっては分からないことですが、私達が推奨している〈漢点字〉と同じような点字符号として、「六点漢字」が提出されました。 Q やはり〈漢字〉の体系ですか? A 確かに紙に打ち出せば点字の形をしています。しかし、元々触読を念頭に開発されたものではないのです。 Q それでも〈文字〉ですか? A 〈文字〉を、その機能の面のみを考えても、これはその働きの半分も果たしていません。つまり、「読む」ことのできないものですから。たとえ紙に点字の形で打ち出してみても、だれも読まない、だれにも読めない。 Q それでは何のために作られたのでしょうか? A 目覚ましい普及を見せているパーソナル・コンピューターのキーボードから、この符号を入力して、直接普通字に変換させようというのが、この記号の目的です。ローマ字やカナ文字を入力するのでなく、〈漢字〉一つ一つに対応した入力符号を作った、それが点字の形をしているところから、如何にも「点字の漢字」と見えたのでしょう。 Q 〈漢字〉と一対一対応の記号と言えば、JISコードがありますが、考え方は同じですか? A そう考えるのが一番分かり易いですね。もっとも、JISコードには、別の目的もありますから、全く同じ思想に基づいているとは言えませんが。それでもこれが、「点字の漢字」と思っている人が、まだまだ多いのです。 Q 比較検討は行われているのですか? A 残念ながら公式に行われたことはありません。当然行われてしかるべきと思いますが。 ▼漢点字の普及へ! Q さて、お話は〈漢点字〉に戻りますが、成人の皆さんへの普及は、どのように考えますか? A いわゆるノーマライゼーションの考え方から言えば、あらゆる社会的機関に、識字の意識を持って関わっていただく必要があると思います。とりわけ社会教育機関と社会福祉機関には、社会的な責任として、視覚障害者の識字を取り上げていただかなければなりません。そうでなければ、一般の『識字』と視覚障害者の『識字』は別物という、ダブル・スタンダード(二重規準)の存在を公認していることになります。 Q つまり「法の下での平等」が犯されていると? A そういうことになりますか。 Q それで、〈漢点字〉の普及、あるいは視覚障害者の識字の手だてとしては、どのようなことが考えられますか? A 私どもにできることは、一人でも多くの方に、〈漢点字〉の存在を知っていただくことと、視覚障害者並びにそのようなお子さんをお持ちのご両親、点訳ボランティアの皆さんに、是非勉強していただきたいものと願っております。私どもでは、そのお手伝いをさせていただきます。 Q 社会福祉や教育行政に対してはどうですか? A 社会福祉や社会教育の現場の皆さんには、当然のことではありますが、視覚障害者のニーズに応えていただくよう努力していただきたい、ということです。その中には、必ず〈漢字〉に関わるニーズが含まれています。現場の職員の方ご自身も、〈漢点字〉に関心をお持ちいただいて、〈漢字〉の知識のない視覚障害者に対しては、〈漢点字〉の勉強を勧めるなど、識字への責任を、意識していただきたいと思います。 Q 盲学校の先生方にはどうですか? A 何故盲学校の先生方が〈漢字〉に関心を示されないか、随分考えてみました。しかし残念ながら、積極的な答えは得られませんでした。結局このように考えるのが合理的と結論付けました。 つまり、先生方、特に視覚障害をお持ちの先生方にとっては、現在のままが最も好ましいのです。盲学校の中では、〈漢字〉は必要ありません。何故なら、お仕事の対象が視覚障害者だからです。また、〈漢字〉を取り入れようとすれば、ご自身が真っ先に勉強しなければなりません。それは大変なご苦労となるでしょうから。 |
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