「うか」066  トップページへ

  一 言
                    
岡田健嗣

    ユニバーサル・デザイン

 前号で、視覚障害者にも上下・裏表の分かる年賀葉書が手に入らなかったことを書いた。手に入れられなかったのは私ばかりでなく、私の周辺の視覚障害者は、誰もが購入できなかった。
 しかしこのことは、私が本誌に書いた以外は、どのメディアも取り上げていなかった。(勿論全てを調べた訳ではないので、取り上げたメディアがあれば、大変失礼することになる。)
 従って今年の暮れも、上下・裏表の分かる葉書は手に入らないのだろうと、ちょっと暗い気持ちになっている。
 年賀状というのがどれほどの意味を持つのか、考えは様々だろうが、郵政会社にとっては、極めて大きな商売の機会である。それだけに昨年末は、民営化して初めての年賀葉書ということか、郵便局ばかりでなく、あらゆるところに出向いて、出張販売を行っていたようである。私は何時も、六〇〇枚程度を電話注文して届けていただくが、このようなサービスは結構前から行って下さっている。
 私にとって年賀状は、一年に一度の挨拶と位置づけているだけで、それほどの意味はないと思っていた。習慣というより行事と言った方がよいほどに、意味はないと思っていた。
 ところがここに来て、賀状のやり取りが消息のやり取りとなることが多く、やはり疎かにはできないと思う。このような習慣・行事を続けることを、私自身が望んでいるのであろう。
 上下・裏表の分かる葉書とはどんな葉書か、再度ご紹介してみよう。
 葉書の表とは、宛名を書く面である。その面には、左上に郵便切手に似たデザインが印刷されている。加えて「官製葉書」であることも表示されている。上下・表裏が分かるというのは、晴眼者にとってはこの印刷を見ることを言う。視覚障害者にとっては、この印刷を見ることができないので、この印刷は上下・表裏の表示とは言えないのである。
 視覚障害者が外界の事情を認知しようとするとき、動員する感覚器官は聴覚と触覚である。葉書の上下・表裏を見分けるのに、聴覚を働かせるには及ばない。触覚で分かれば十分である。
 触覚で上下・表裏が分かるようにするために郵政省は、葉書の表面の下縁の左端に、小さな切れ込みを入れた。この切れ込みが左手前に来れば、宛名の面に正対する形になる。右手前に来れば、文面を書く面に正対する形になる。
 果たして何時頃からこのようなサービスが始まったのか、私には確かな記憶はない。しかしもっと以前には、同様の細工を、私自身が手作業で行っていた。年賀状の時期には、先ずこの作業から取りかかった。
 一般にはこの切れ込みのような細工を、「ユニバーサル・デザイン」と呼んでいる。しかし今回郵政会社に尋ねたところ、このサービスは、視覚障害者を対象としたもので、一般の人には関係ないとのことであった。むしろ、この切れ込みを邪魔に思う人もいない訳ではないとも言っておられた。
 さてそんなやり取りをしているうちに、私の身の回りで「ユニバーサル・デザイン」と呼ばれている、あるいは思われているもので、郵政会社がいうように、一般の人には関係ないものはないのだろうか?と変な気分になって来た。
 「ユニバーサル・デザイン」という言葉は、健常者にも障害者にもどちらにも有効な機能のことと言われていて、その例に、シャンプーやリンスのキャップの形を変えることで、晴眼者がバスルームで頭を洗うときにも、手で触れて間違えないようなデザインのことという。こういうデザインなら、特別視覚障害者向けとしなくとも、一般の商品に生かすことで、コストの削減になるのだから、大いに研究すべし、というものらしい。
 言われれば誠に結構なのだが、そんなデザインが、それほどあるのだろうか?と斜に構えた気持ちになって来てしまった。
 これは明らかに郵政会社とのやり取りの結果である。
 幾つか葉書の切れ込みと同様の切れ込みを探してみた。あったあった、既に使う人のいなくなったテレホンカードである。この切れ込みは確かに最初からあったらしい。公衆電話のカード挿入口に差し込むとき、カードの裏表と向きを、この切れ込みを目安に行うことで、間違えることがなくなるというのだろう。また切れ込みが二つあれば500円、一つなら1000円のカードと分かるのだそうである。
 カード、外にはないだろうか?
 私はスイカを使っているが、これにも裏表と向きを示すデザインが採用されている。
 この二つは、恐らく視覚障害者向けではないのだろう。つまり、「ユニバーサル・デザイン」なのだ。
 私が加入している健康保険は、国民健康保険である。その保険証は何年か前から、名刺判の大きさになった。また加入者ばかりでなく、その家族にも個別の保険証が配布されるようになった。この保険証にも切れ込みがある。これは何だろう?
 電話機のプッシュボタンの5のボタンに、必ず小さなポッチが付いている。パソコンのキーボードのfとjのキーにも印が付いている。この印は視覚障害者向けではないのだろうか?
 ここまで来てハッと気づいたことがある。
 いわゆる「ユニバーサル・デザイン」と言われていて、視覚障害者にも共用できるとするデザインは、結局晴眼者も目を使わないで行う動作に配慮したデザインのことではないか?パソコンのfとjは、ブラインドタッチのキー入力には欠かせない設備であるし、電話の5のボタンのポッチやテレカの切れ込みは、パソコンほどではないようだが、それでも間違い易いと考えられているものなのだ。
 以上は忙中雑感である。

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