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  一 言

 
職業選択の自由(?)

                    
岡田健嗣


 【福祉機器の利用者として】: 私は、社会福祉の勉強をしている視覚障害学生です。また、鍼灸師として、障害者の移動支援事業者として働いています。二つの要点がNHK学園での勉強を支えてくれています。一つ目は、パソコン環境が発達して普通の文字が書けるようになり、メール通信が可能になったことです。もう一つは、教材を電子データで提供いただき、メール送信によるリポート提出ができる点です。前者は技術の発達が、後者は学園の理解が実現の原動力です。
 パソコン操作は、画面を音声で読み上げるスクリーン・リーダーと呼ばれるソフトウエアを頼りに行なっています。ただし、一般のアプリケーションに対応していないため、事務職をこなすことが出来ない点は課題です。
 なお、点字には漢字がありませんでしたが、一九六九年に漢点字が発表され、パソコンからそのデータを送出して読むことができるようになりました。私自身も漢字仮名交じりで勉強しています。


 以上は、現在私が社会福祉の勉強をしているNHK学園の機関誌「CS通信」に書かせていただいたものです。学園のご了承を得て、全文を引用させていただきました。
 執筆ご依頼の趣旨は、視覚障害者である私が、福祉機器を如何に使用しているかをご紹介するものでした。残念ながら私は、パソコンは決して上手ではありませんし、詳しくもありません。そのために、私的にはかなり満足した使い方をしていますが、公的には、恐らく落第点をもらう程度の使い手に違いありません。しかし高度なパソコンの知識や技術を持っていなければ福祉機器を使っているとは言えないとすれば、私ばかりでなく大半の障害者が、落第点をもらうことになるでしょう。
 ご依頼の趣旨は、もう一歩踏み込んでもいました。福祉機器が、視覚障害者の社会生活、とりわけ職業にどのように生かされているか、現状と展望にも触れて欲しいというものでした。
 またも残念ながらそれにもほとんどお答えできませんでした。パソコンを職業に生かすとしても、求めるものは何か(?)が分かっていなければ、使えるかどうかさえ分からないからです。そこで視覚障害者が職業に就いたとき、何をしなければならないか、何ができるかについて考えてみたいと思います。
 私は現在、視覚障害者にとって伝統的な職業である、鍼灸マッサージ業で口を糊しています。しかしこのような伝統も、既に力を失っているように見えます。他の分野の経済活動、たとえば各地に繁栄していた商店街が、揃ってシャッター街となりつつあるように、鍼灸マッサージ業も、世の中から求められるものが変化して、事業内容や経営方針が大きく変わって来たのです。業界を構成する従事者に占める視覚障害者の割合も年々小さくなって来ていて、資本の参入も頻繁になっています。
 私が就業したころのこの業界は、伝統的な経営の行われていた最後に当たると思われます。当時までは誠に単純な、「1+1=2」が通用していて、経営者も従業員も基本的には区別ない仕組みの事業者が一般でした。経営者は施術所を運営しますが、従業員も雇用関係の形は採っていても、実際は個人営業者として施術所の一角を借りて営業していたという理解も可能でした。それが資本の流入や世の中のニーズの変化によって、どのようにして視覚障害者が追われることとなったかを考えるのは、恐らく無駄ではないはずです。
 しかも視覚障害者の鍼灸マッサージ業離れもありました。就業の範囲も広がっていて、多くの職種に就くようになりました。可能性を追求し広げるという意味では、大変結構なことと思われますが、極めて限られた人の就業に留まっているのも事実です。
 そこで立場を代えて、視覚障害者に働いてもらう方面から見てみましょう。
 私は三年前に、障害者自立支援法にもとづく障害者の外出支援を業とする会社を立ち上げました。極小規模の会社です。
 そこで進められる「仕事」と呼ばれる一連の作業を観察して見ると、あることが分かりました。当然のことではありますが、会社は一人一人の個人営業者の集まりではありません。従業員一人は一つの「仕事」を、別の従業員は別の「仕事」をこなします。それぞれがこなす「仕事」を総合し組み立てることで、会社組織の目的である営業が成り立ちます。そして一人一人がこなす「仕事」というのが、突き詰めると「動く」ことと「読み書きする」ことでした。「動く」ことと「読み書きする」ことをどのように結び付けるかが、経営者・管理職・従業員の能力とティームワークに期せられます。弊社のような極小規模の事業者をモデルに数式にすると、「1+1>2」ということになります。二人集まったら二人分ではいけません。一人一人が別のことをやる。そのようにして二人集まると、全てを一人でこなした場合の三人分、四人分の量と質の「仕事」ができる。これが会社の志向する業務です。一人一人がそれぞれに担う「仕事」があって、その総合で会社の生命力が生まれる。
 近年鍼灸マッサージ業もこのような波を被っています。視覚障害者の就業率が低くなっている理由の一つがここにあるのは明らかと思われます。
 一昨々年施行された障害者自立支援法には、障害者が組織の一員として、一つの「仕事」を担いつつ、他の一員の「仕事」と結びついて、より大きな力を発揮するための策は、残念ながら盛り込まれていません。何時でも何処へでも、必要な時に必要な所へ出かけて行く、必要な文書を読み、必要な書類を作成する、そして現在では事務作業のほとんどがインターネットを介して処理されます。これだけの作業を、経験や情報にもとづいた判断力を働かせつつこなすことが求められるとともに、売り上げに占めるコストを、可能な限り少ない水準に押さえたいというのが事業者のニーズです。このような条件を満たしつつ障害者の就業を実現することが、障害者の社会参画なのではないか、私にはそう思われてなりません。あるいは全く別の発想、残念ながらどちらもまだ提出されてはおりません。

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