「うか」072 連載初回へ  トップページへ

  わたくしごと

                      木村多恵子

 『常用字解』のEIBファイルが届けられた。勿論漢点字データの、著作権保護のデータである。著者の白河静氏の「はじめに」を読み始めた。「中・高校生を対象に書いた」とあるが、どこまで追いついて行けるか大いに心配である。わたしの、飲み込みの悪い非効率なやり方にせよ、この指を使わなければ何の意味もない。たとえ少ししか分からなくても、それこそ見ずにいるのはもったいない。
 まず、東京点字出版所の『点線文字・常用漢字編』の第1巻を手元に置いた。1ページを開く。そして、「亜」の角張った直線だけの形を指でたどる。勝手に画数を数える。横棒がある。その下に横長の四角がある。その下にもう1本横棒がある。上の横棒と一番下の横棒を結んで、2本の縦線がある。以前に教えていただいた、この文字の筆順を思い出しながら数える。7画。
 さて、どうだろう。今度はピンディスプレイに表示されている常用字解の「亜」の項を見る。
 「亜」 7  (亞) 8
と、常用漢字と旧字体が、それぞれその画数と共に並んでいる。
 2行目を見ると、
    一・“口\‖”・一
とある。これは、上下に横線があり、その間に“ ”の中に横長の口と2本の縦線とが「\」の記号で重なっていることを表している。上下の横線との間は「・」で結ばれているが、これは2本の縦線とくっついていることを表している。これは川上泰一先生が最初に考え出された、数学の数式の表記法を応用した「字式」である。これは、漢字を構成するパーツの位置関係を、上下左右の関係として、数学記号を利用して表すものである。
 『常用字解』の三行目を見ると、
 ア (アク  つぐ)
次の行から、この文字の解説に入り、次に用例が書いてある。
 つまり、見出し文字のところで、漢点字だけでなく、その漢字の形が、どのような漢字で構成されているか、分かりやすいように、説明を加えているところが、「横浜漢点字羽化の会」が、この字典の漢点字入力を成し遂げた、画期的な成果であり、大きな特徴である。
 たとえば「悪」の漢字の字式は、
    亜 / 心
とあり、この「/」は、上下の関係を表している。
 また「相」は、
    木 + 目
 「暗」は、
    日偏 + 音
と、横並びになっていることを示している。
 もちろん、漢字の構成は、そんなに簡単なものばかりではないが、このように漢字のパーツを用いて、少しでも、漢字の形が解りやすいように、そして、白川先生の「漢字の成り立ちとその意義」を想像し、理解できるように、各所に驚くばかりの工夫がなされている。
 第一、『常用字解』の本文、特に文字の成り立ちの解説を読んでいると、本当に古代の人びとの、「死者」にたいする恐れ、恐怖の思いは並々ならぬ物があったことが想像できる。どうしたならば、生者を脅かさずに、死者の霊魂を鎮めることができるだろうかと、悩み続けてきた長い長い歴史の後のように思える。
 「哀」の解説を見ても、「衣と口を組み合わせた形。口は【サイ】で、神への祈りの文である祝詞(のりと)を入れる器の形。人が死ぬと、死者の衣の襟もとにサイをおいてお祈りをする。こうして死者をあわれみ、死者の魂をよびかえす招魂という儀礼を哀といい、あわれ、あわれむ、かなしい、の意味に用いる」とある。
 また、死者の埋葬されているところを忌みきらい、謹み、それが「にくむ」と変化してゆくのも自然な流れのように思える。
 古代の人々は現代のわたしたちより命を大切にしていたのではないだろうか。現在より人口も少なかったであろうし、病気や怪我や自然災害も、現在よりはるかに多く、絶えず危険にさらされていたはずである。家族、あるいは少数単位の仲間の生活を維持してゆくためには、労働力も一人一人が重要なメンバーであったはずである。恐らく招魂も蘇生の儀式も、族長の盛大なものとは規模はまるで異なるにせよ、小さいながら、似たような儀式を行っていたのではないだろうか。
 『常用字解』のほんの入り口に、そう、ほんの少し覗いただけで、なんだかおもしろいような怖いような、何処まで使いこなせるか、不安とドキドキを一緒に抱えているわたしである。
 横浜羽化の皆様、大変なお仕事を仕上げてくださいましてありがとうございました。

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