「うか」091 連載初回へ  トップページへ
             わたくしごと
                                   木村多恵子

 昨秋、2011年11月の、とある日、2度と得られそうもない機会を得て、ステンドグラス製作工房へ連れて行っていただいた。
 なぜこのような機会が与えられたかというと、わたしが所属しているキリスト教の教会で、古くなった教会堂を建て直すことになった。会堂が出来上がり、パイプオルガンは入った。わたしたちは、可能ならばステンドグラスも入れたいと願い、幸いにもその思いが叶えられ、そのステンドグラス設置の完成が近づいたからである。

 教会の信徒の中から選ばれた「ステンドグラス設置委員会」の一人Kさんが、デザイン画を描くので、わたしたち信徒の希望を取り入れるために、聖書に纏わるどんな場面、あるいは物を絵模様に取り入れたいのか、具体的に幾つかピックアップして、アンケートをとってくださった。これならわたしにも考えられる。わたしは麦の穂と、ブドーと、虹を選んだ。
 委員会が依頼した工房での作業が順調に進み、最後のデザインチェックをしに、委員会が行くので、教会員で見に行きたい人はどうぞ一緒に行きましょう、と言ってくださったのである。わたしは迷った。でも、せめて工房の皆様のお話を聞きたい、実際に作っているところの雰囲気、空気を味わってみたいと思い、決心して牧師と、委員長にお願いした。「行きましょう、行きましょう」とお2人とも言ってくださり、当日牧師が我が家まで迎えに来てくださった。
 車中は牧師とKさんの静かな会話で、わたしは後部座席で静かに緊張していた。
 委員長とは現地で落ち合った。
 工房に着くと、Kさんが、応接間や工房のあちこちにいろいろなステンドグラスが飾ってあると説明してくださった。
 作業場の入り口には、「マリアの結婚式」と題するステンドグラス、高さ7、8メートル、横3メートル以上はありそうな大きさで、Kさんが「これはマリア様が持っている花束、これはマリア様の衣裳の裾(もすそ)を支えている少女、ここはヨセフさん」と触らせてくださった。わたしにはその違いを区別できなかったが、その全体の大きさだけでもすごいな、と感嘆した。
 社長のUさんは、わたしだけのために簡単にステンドグラスを作る工程を説明してくださった。
 「まずデザイン、どういう構図にするか決めます。製図を引いて、型紙を作るんですよ。ガラスのパーツ1つ1つが分かるようにね。それから、それぞれの模様に合わせて色を決めて、ガラスをカットするんです。このガラス切りは結構神経を使いますよ。ちょっと切ってごらんなさい」と、これは委員たちに勧めていた。「小さいガラスのパーツを、これは後でお見せしますがね、鉛の棒にはめて、その鉛とガラスを固定するためにはんだ付けするんです。そして、これら全体をまとめるために鉄のフレームにはめるんです。」
 そして、早速社長のUさんは委員の人たちに実際にガラスのパーツをデザイン画の上に並べて、教会が注文したデザインであることを確認した。そしてこのステンドグラスの模様をはっきり見られるように、ライトを当てていらした。委員たちは「おー!」と喜びと感動の声を上げていた。
 それからUさんは、ガラスのパーツ一つ一つを「これはブドー、これは麦の穂、これはお魚、これがパンを盛った籠です」と言いながら、わたしに持たせて、ゆっくり触らせてくださった。お魚は、わたしの手で触っても、目も口も尻尾もよくわかった。ブドーはとても大きく、実物大といった感じだった。わたしが驚いていると、Uさんが、「そうです。ブドーは意外に大きく作るんです。そうしないと模様の中で全体より小さくなってしまうんです。特徴としては丸いだけですからね。それに比べてお魚は目や口、尻尾と形が立体的に作れるからです。」と補足してくださった。
 Uさんが「うちのスタッフで一番受けたのは、このパンと籠ですよ、みんな「ほー」って言ってます。ブドーや麦はよく使いますけど、パンと籠の取り合わせはめずらしいですからね」といってらした。
 ガラス板の厚みは8ミリで、ガラスのパーツ一つ一つの大きさは、模様に応じて、ばらばらで、30ミリから90ミリのものだという。
 Kさんは、ガラスをカットしてみて、「なかなか難しいですよ」と教えてくれた。
 このガラスのパーツを固定させるために、鉛の枠が用意されている。これは幅15ミリくらいはあっただろうか?鉛の長い板(いた)状の棒の両面に、8ミリのガラス板がはまるレール状の溝が作られている。この両面の溝にガラスのパーツをはめ込む。そしてカットされたガラスの角度に添って、鉛を曲げて、ガラスを固定させるのだという。
 Uさんは、わたしにも、お魚やブドーのパーツを鉛の両面にはめさせてくださった。
 次ぎにガラスと鉛をはんだ付けするのだという。このはんだが乾くと美しい銀色になるのだそうだ。「わたしたちはこの瞬間を見慣れているのですが、それでもいつも感動します。」とUさん。
 ガラスの色は、ここでガラス板を作る段階で金属(金属の名前は何種類かあり、覚えられなかった。)を入れたので、既成のガラスよりきれいな色が出せました、とうれしそうに話してくださった。そして赤、青、緑、クリーム色、それに本来のガラスの色だという。
 ガラス板が8ミリなのは、これ以上厚くすると、光を美しく通さない、薄すぎてはガラスの強度が保てないからだと説明していただき、なるほど、と思った。でも、わたしには、触っていると、もっと厚みがありそうに思えた。きっと不思議なボリューム感がそう思わせたのだろう。
 わたしがパーツを触らせていただいている目の前で、工房の方が、パチパチと見事な早さでパーツを鉛にはめていた。
 「クリスマス前には間違いなく設置できますよ」とUさんは太鼓判を押していらした。
 足場を組むこと、その他具体的なことを相談しているあいだ、わたしは高いところでの作業なので無事にできますように、と祈った。
 帰りの車の中で、社長さんがことのほか親切だったことを感謝した。きっと委員長が前もって視覚障害のわたしが行くので宜しくお願いしますと頼んでくださったのだろう。
 工房見学の翌日、委員長にお礼の電話をかけると、「いいや、あの社長のUさんは、とてもいい人なんですよ、芸術的にも人間的にも、ですから、僕も大好きなんです。Uさんも喜んでいましたよ」と言ってくださった。
 牧師には翌日教会で直接「ありがとうございました」と言うと、「いやいや、それより、楽しかったね」と言ってくださったのが、とてもうれしかった。
 教会は、2011年のクリスマス礼拝と、午後の祝会(しゅくかい)に、U社長をお招きしたので、わたしは、改めてお礼のご挨拶をすることができた。
 ステンドグラスが設置された今、一番下の窓枠さえ触ることもできないほどの高さにあるものの、麦の穂やブドーや魚などを、この手で触れたうれしさが、ときどきよみがえってくる。
 教会のステンドグラス1枚の大きさは、横542ミリ、高さ1035ミリで、これが一つの窓に4枚ずつ、計24枚設置された。
 講壇に向かって右の窓三つは、旧約時代を象徴したもの、雲間からの光、オリーブの葉を咥えた鳩、虹、オリーブの実、燃える芝、いちじくの実。 左側は新約時代を象徴して、星、小羊を抱いた羊飼い、麦の穂、パンを入れた籠と2匹の魚、荒れ狂う波、ブドーの実である。
 もちろんそれぞれの絵柄にはキリスト教的な意味があるが、これについては省かせていただく。
 今はあちこちの観光地に、ガラス工房はあり、ステンドグラスの製造過程もかなり詳しく見られるようではあるが、我が教会のステンドグラスの組み立て作業の様子をこんなに間近に見ることができたのだから、やはりあのとき決心して連れていっていただいてよかった。
                                2012年4月6日(金)
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