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漢点字講習用テキスト |
初級編 第1回 (全10回) |
はじめに
これまで我が国の視覚障害者には、母国語である日本語を表記する文字がありませんでした。1969年に、大阪府立盲学校で教えておられた、故川上泰一先生が、〈漢点字〉を世に問われて、初めて日本語を表す文字を手にできたのでした。
しかし、川上先生のご努力にもかかわらず、残念ながら未だ公教育の場ではこの〈漢点字〉を取り上げようという気運がなく、その普及も極めて遅々としております。
本会では、改めてオリジナルな方法で、〈漢点字〉の学習環境作りに、挑戦してみることにしました。
本テキストも、独自に作成するものです。先人・川上先生の『漢点字解説』を参考に、1つ2つの工夫を加えてみる積もりでおります。
テキストの概要
1.テキストの構成
初級のテキストに収録される漢字は、教育漢字1004文字に、出現文字の構成の説明のために、必要な少数の文字を加えたものです。すなわち、小学校の1年生から六年生が学んでいるものと同程度の数です。
中級のテキストは、残りの約千字を収録します。
日常生活では、5〜6百字を使えれば不自由なく過ごせると言われています。つまり、この初級のテキストを修了すれば、かなりのところ漢字を使うという手応えを感じていただけるものと考えます。
中級では、1つ1つの漢字というよりも、語の使い方、語彙の豊かさを手に入れていただくことが目標になります。漢字の世界に踏み入っていただくことで、これまでとは違った世界が開けて行くことを、お約束します。
2.漢字と日本語
(1)漢字
〈漢字〉は、中国の殷の時代に作られたと言われています。今から3千年以上昔のことです。それから約千年の間に、目覚ましく発達しました。その数も増え、使用地域も拡大して行きました。しかも、『諸子百家』と呼ばれる思想家や、多くの詩人・文人をも排出しました。すなわち、文字は当初から、単に伝達のためばかりに用いられたのではなかったのでした。
紀元前3世紀に、秦の始皇帝が、分裂していた中国を統一しました。そして、統治の方法として、度量衡の統一とともに、文字の統一にも着手しました。
現在の〈漢字〉は、その始皇帝の統一から続いているものです。
(2)我が国への渡来
我が国に〈漢字〉が渡来したのは、『古事記』などの文献によれば、五世紀ころ、百済から和迩吉師(ワニキチシ)によって、『論語』などとともにもたらされたとあります。が、いきなり文字がやって来たとは考え難いのと、冊封として中国(後漢)からもたらされたと思しい金印が発掘されたりで、かなり以前に海を渡って来ていたと考えられます。
しかし、我が国でまとまった文書が編まれたのは、ずっと後の八世紀になってからで、『古事記』『日本書紀』、ついで『万葉集』が出現しました。
(3)日本語と漢字
我が国には独自の文字がありませんでしたので、中国から渡って来た〈漢字〉を、日本語の表記に用いるようになりました。しかし、もともと中国の文字ですので、そのまま日本語を表すことができず、ごく初期の書き言葉は、当時の中国語をそのまま使っていたと言われています。
下るに従って、漢文を日本語式に読んだり(漢文訓読)、ひらがなやカタカナの発明など、文字表現の幅が大きく広がりました。
(4)漢字の特徴
a.単音節と表意文字:中国語を表記するための文字〈漢字〉は、中国の発音で読まれるようにできています。中国語の単語の最小単位は1音節ですので、〈漢字〉の読みも、1音節です。しかも、1音節が単語の最小単位ですので、〈漢字〉も、単語を表すことになります。このことから〈漢字〉は、『表意文字』と呼ばれていますし、単語を表す文字という意味で『表語文字』とも呼ばれています。
b.日本語の読み:〈漢字〉を日本語で読む場合、2つの読み方があります。
@音読み:昔の中国語の読みを、日本語化した読みです。日本語の中には、この音読した漢字2文字でできた熟語が沢山あります。このような読み方の熟語を「漢語」と呼んでいます。
A訓読み:〈漢字〉を日本語読みしたものです。音節では1音節から数音節の読みまであります。例を挙げれば、
体言では、
1音節:エ(絵)、カ(蚊)、キ(木)、ケ(毛)、ト(戸)
2音節:イエ(家)、マチ(町)、ミチ(道)、イチ(市)、スミ(墨)
3音節:ハタケ(畑)、クルマ(車)、ハシラ(柱)、トコロ(所)、ミヤコ(都)
4音節:ミズウミ(湖)、ヨコシマ(邪)
5音節:タナゴコロ(掌)、ヨリドコロ(拠)
用言では、語尾の活用があるため、「送りがな」という表記がされます。
ユく(行)、クる(来)、アルく(歩)、ハシる(走)、ウツクしい(美)、タマワる(賜)、ウズクマる(蹲)、ウケタマワる(承)
3.漢点字
(1)漢点字の創案
〈漢点字〉は、故・川上泰一先生が、大阪府立盲学校に在職しておられるとき、20年を超える研究の後、1969年に発表されたもので、漢字を表す触読文字としては、初めて世に出されたものでした。
それまで日本語を表す触読用の文字は、明治23年に〈日本語点字〉として公式に認められた、石川倉次先生の、カナ点字だけでした。すなわち、日本語の標準的な表記法である「漢字仮名交じり文」は、それまでは表すことができなかったのでした。
(2)漢点字の構成
〈漢点字〉は、八つの点で表されます。と言っても、基本的なパターン「」のうち、「」と「」は、〈漢点字〉であることを示す〈漢点字符号〉と呼ばれるもので、文字を表す点字の符号は、これまでのカナの点字と変わらない6つの点「」です。
〈漢点字〉は、1マスのものが57個、常用漢字のうちそれを除いたものは、全て2マスでできています。
例 漢点字のパターン:1マス「」、2マス「 」、3マス「 」
4.テキストの進め方
(1)基本文字と複合文字
「基本文字」とは、漢字の中の最小単位の文字を言います。漢字の分類法に〈六書〉がありますが、この中では「象形文字」と「指事文字」がこれに当たります。漢点字では、この2つに加えて、「会意文字」と「形声文字」の一部も含まれています。
「複合文字」とは、「基本文字」を部首(ブロック)として組み立てられた文字です。「六書」では、「会意文字」と「形声文字」がそれに当たります。
このテキストでは、「基本文字」とそれらによって組み立てられている「複合文字」を、交互にご紹介します。
なお、〈近似文字〉という文字が、〈基本文字〉の最後に出て来ますが、「形がよく似ている文字」の意味で、〈基本文字〉の1つに数えられています。
(2)テキストの構成
初級は10回に分けて、またその中を何回かに分けて、漢点字のご紹介、意味と使われ方、熟語のご紹介をします。
見出し語の後ろには音読みと訓読みがあります。
次に、読みの練習文と書き取りの問題があります。書き取りは、1回分をまとめて、郵送して下さい。
書き取りの解答を落手した後に、次回のテキストをご送付します。また、書き取りの解答を採点した結果もお伝えします。
このテキストは、後々にも役立てていただけます。文字は使って初めて身に付くものです。必ずしも覚え込む必要はありません。どんどん忘れて下さい。
忘れたら、このテキストをご覧になって、もう1度思い出して下さい。お気楽に向かっていただくのが、漢点字学習の、最も有効な秘訣です。