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漢点字の散歩(19)
                    岡田 健嗣

 漢点字紹介 (2)

  3.六書と部首、そして漢点字の誕生
 @ 六書の理解
 〈漢点字〉を作るに当たって川上先生が先ず着目したのが、「六書」でした。
 「六書」は、漢字をその構成から分類する方法で、「象形、指事、会意、形声、転注、仮借」の六つに分けるものです。このうちの「転注」と「仮借」は、構成上の分類ではなく使用上の分類ですので、実際は四つに分けられると言えます。この分類から分かることは、「形声文字」が漢字の数の八割を占めていることです。言い換えれば漢字のほとんどが「形声文字」であって、残りの二割が「象形、指事、会意」だということです。
 どうしてこのようになったかと言えば、漢字ができ上がるプロセスにその訳が認められます。最初から「形声文字」があったのではなく、文字の増加・発達に従ってそれはできてきたのでした。
 最も古い文字は「象形文字」です。それはものの形を象った、言わば絵を起源にしています。絵であったものが抽象化し記号化して、現在の文字に至りました。従って「象形文字」は、多くは現在でも具象的なものを意味します。「人」は人が歩いているところを横から見た形、「大」は人が両手両足を開いて立っている形、「山」は三つの峰を持つ山の形、「川」は三つの川の流れ、「衣」は人が衣服を着た形を象っています。その形をよく見ていると、もとの形も見えてきます。
 「会意文字」は、「象形」では表せないことがら、心の状態や人と人との関係、身分や秩序、神様への祈りなどという抽象的なことがらを表すために作り出された文字です。二つ以上の「象形文字」や次にご紹介する「指事文字」の意味を併せて組み合わせた文字です。「林」は木を二つ並べて、木が疎らに生えている様子を、「森」は三つの木で、「林」より木の数が多く、密生している様子を表します。「愛」は立ち去ろうとしている人の心が後ろにひかれて、立ち去りかねている様子を、「相」は人が木をじっと見詰めて、樹木から霊力を得ようとしている様子を表しています。
 「指事文字」はあれ・これと、指さす形に由来します。「上」は上向きの方向を、「下」は下向きの方向を指示する形です。漢数字の「一・二・三…」の多くも、「指事文字」に分けられます。
 漢字はこのように数を増し、表現能力を深めて行きましたが、抽象的な表現を表す「会意文字」は構成要素が増えて、複雑になって行きました。そこですっきりした形の「形声文字」が登場して、漢字の中心を占めるようになります。
 「形声文字」は、意味を表す部分と音を表す部分からなっていて、それぞれ「意味符号」、「音符号」と呼ばれます。「会意文字」にも見られますが、文字を構成する部分を、その位置によって「偏、旁、冠、脚、繞」などと呼んで、文字の構成を説明できるようになりました。「偏」はその文字がどのような性格を表すかという、「意味符号」の働きをします。例えば「木偏」なら、樹木の名前や木を材料に作られたものを、「さんずい」なら水に関わる意味の文字を、「人偏」なら人に関わる意味の文字を表します。「旁」はその文字の音を表します。「喚、換」の旁は「カン」という音を表しますし、「複、復」の旁は「フク」という音を表します。「冠」もその文字の意味を指示します。「ウ冠」は建物の屋根を、「草冠」は草の葉を表します。「脚」と「繞」は、その文字の働きや動きを表します。
 しかし「旁」も、音だけを表してはいません。同じ旁を含む文字が、共通の意味を表すということもあります。「喚、換」の旁は、声を出して呼び戻すとか、ものやことがらを取り替えるとかの意味を表していますし、「複、復」の旁は、繰り返して行う、ものごとを重ねて繰り返すという意味を表しています。このような構成によって、「会意文字」に比べて、文字の読みや意味をより的確に、またより複雑でない形で表す文字となって、漢字の中心を占めるようになりました。

 A 部首と部首索引
 ところで私たちが辞書を引くとき、どのようにしているのでしょうか?辞書は、言葉を何らかの分類に従って順序づけて並べられた索引です。英和辞典であれば英語の単語を日本語に当てた場合どういう意味になるかを調べるための辞書です。そこではまず英語の単語をアルファベットのAから始まる単語からZで始まる単語へと並べて、その順序に従って検索できるようになっています。英和辞典では、英単語の発音、品詞、日本語にしたときの意味、使用法や熟語などが調べられます。
 国語辞典では、見出し語がかな文字で記載されていて、五十音表、「あ・い・う・え・お、か、さ、た、な、は、ま、や、ら、わ」の順序に並べられていて、それに従って検索できるようになっています。国語辞典では、見出し語をかなで記して、その単語を漢字でどう表すかが示されています。その後語の意味や用例が記載されています。国語辞典の大きな目的は、文字遣いの確認にあります。どういう漢字が用いられるか、送りがななど、かな文字の使い方はどうかなどを知ることができます。
 それでは漢字の辞書はどうなっているでしょうか?
 漢字は文字と言っても、アルファベットやかな文字のように「音標文字」ではありません。「表意文字」と呼ばれて、意味を表す文字です。言い換えれば漢字は、一つの文字が一つの単語です。従って読みの順序に並べて調べることはできません。そこで音や意味が知られない漢字を調べるには、その並べ方に大変重要な工夫がなされています。
 一般に漢和辞典などで行われているのは、「部首索引」による分類と、総画数による順序づけです。
 「部首索引」とは、「何、休、信、保」は「人」に、「校、村、枝、来」は「木」に、「詩、討、論、話」は「言」に、「河、池、波、溶」は「水」に所属するというように分類したものです。つまり、人に関する文字は人偏がついているので「人」のグループに、言葉に関する文字は言偏がついているので「言」のグループに、……というように分類し整理されたもので、この「人、木、言、水」が「部首」と呼ばれます。そして検索は、「人」に関する文字は何ページ辺りに載っているか、「言」に関する文字は何ページ辺りに載っているか、画数は何画かなどと絞り込んでなされます。見出しの文字の後には、音読・訓読、総画数、所属部首名、六書分類、文字の意味・使用法、文字の由来、熟語などが記載されています。
 このように「部首索引」は、その文字が所属する部首によって分類されたものを言いますが、「休」は「人」に属していて「木」には属していない、「信」も「人」に属していて「言」には属していないということがあります。もっと極端なこともあって、「韻」は「部首索引」では「音」に属していますが、「音」の文字を含む他の文字では、「意」は「心」に、「暗」は「日」に、「闇」は「門」に属するとなっています。
 このように一般に「部首」という言葉は、辞書で検索するときに用いられる「属する文字」の意味、「文字索引」の意味に用いられますが、本来は、文字の「構成要素」のことです。「休」は「人」と「木」でできている文字、「信」は「人」と「言」でできている文字、「意」は「音」と「心」でできている文字という意味です。
 漢字は「象形文字」から始まり、「会意文字」で抽象化し発達し、「指事文字」を加えて「形声文字」に至りました。「部首」の面から見ると、「象形文字」や「指事文字」が「会意文字」や「形声文字」の構成要素ですので、部首と位置づけられます。しかしさらに「会意文字」も「形声文字」も、他の「形声文字」の構成要素となりますので、「部首」に数えられることになります。
 川上先生は、六書の次にこの「部首」に注目されました。この「部首」を点字符号で表せれば、漢字の点字ができるはずです。

 B 漢点字の誕生
 点字符号は「」の形の六つの点の組み合わせで表されます。点の数はたった六つしかありませんので、どの言語を表す点字も、一つの点の組み合わせに多くの役割を与えています。逆に「−(横線)」のように、視覚的にはどのようにも使いこなせる記号も、点字では「マイナス、ハイフン、長音、ダッシュ」と、点字符号を変えなければならないものもあります。
 川上先生が最も気遣っておられたのが、この「触読」に対する便宜でした。数少ない点字符号の組み合わせに複数の部首を当てることができるか?数多い漢字を、そのようにして読み分けられるか?そして日本語の標準的な表記法である漢字かな交じり文を表すには漢字とかな文字を区別する必要があるが、触読に適した方法は何か?と、解決しなければならない問題が次から次へと出てきました。
 第一番目の課題である一つの点字符号に複数の役割を与えるということは、色々な言語で克服しているようだ。やってみなければ分からないが、楽観的に考えよう。
 第二番目の漢字の数に対応するだけの点字符号ができるかということは、点字符号は一マス「」の六つの点の組み合わせだ。その組み合わせの数は2の6乗個、64通りだ。これを2マス「 」を単位とすれば、2の12乗個、4096通りの組み合わせができる。してみると、「当用漢字」(現在では「常用漢字」)は2マスあればできる勘定になります。さらに普段使われない文字は「 」の3マスで表せば、部首に点字符号を当てるといっても、案外余裕があるかもしれない、このようにお考えになりました。
 三番目の、「漢字かな交じり文」の漢字とかな文字をどのように区別し、触読で読み分けできるものにするかという点が、最も難問でした。
 そこで川上先生は、大きな決断に踏み切られました。点字の基本的なパターン「」の六つの点の上に二つの点を置いて、「」の八つの点のパターンを取り入れられたのでした。これによって「」はかな文字を、「」は漢字を表すことで、漢字かな交じり文の表記に成功されたのでした。蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」という俳句を例に取れば、この中の「菜、花、月、東、日、西」の六文字が漢字、後の「の、や、は、に、は、に」がかな文字です。漢点字かな交じりの点字で表しますと、

 

となります。このように一マスを八つの点で表すパターンを採用されましたが、これはあくまで漢字とかな文字を区別して、触読しやすくするためでした。
 漢点字符号の上に付けた二つの点は、一マス漢点字であれば「」のように、二つともにそのマスの上に付けます。二マス漢点字では「 」のように、前のマスの左上に一つ、後ろのマスの右上に一つ付けます。三マスの漢点字では「 」となります。これで前の点から後ろの点までを一つの漢字とみることができるようになって、この二つの点を、「始点・終点」と呼ぶようになりました。この点によって漢字とかな文字の区別だけでなく、一マスの漢点字、二マスの漢点字、三マスの漢点字という区別も即時にできるようになりました。
 川上先生は、ルイ・ブライユがアルファベットを点字符号に当てた方法に倣って、漢字の部首を点字符号に当てられました。それを「基本文字」と呼んで、二つ・三つの部首からなる漢字を、漢点字の「基本文字」を組み合わせることで表されました。
 ここではまず、一マスで表される基本文字、「第一基本文字」をご紹介します。
 ブライユの点字の一覧を見ると、二つ以上の点の組み合わせは57個です。川上先生は、この57個の点字符号を「第一基本文字」とお決めになって、一マスで表される漢点字が完成しました。
 石川倉次先生の五十音表に則ってご紹介します。

ア行  イ、糸  、系  、比  、数  ウ、家  、宿  、学  エ、言  、語  オ、頁  、貝

カ行  カ、金  キ、木  ク、草  ケ、犬  コ、子

サ行  サ、都  シ、市  ス、発   セ、食  ソ、馬

タ行  タ、田  チ、竹  ツ、土  テ、手  ト、戸

ナ行  ナ、人  、仁  ニ、水  、氷  ヌ、力  ネ、示  ノ、私

ハ行  ハ、走  ヒ、進  、火  フ、女  ヘ、玉  ホ、方

マ行  マ、石  ミ、耳  ム、車  メ、目  モ、門

ヤ行  ヤ、病  ユ、行  ヨ、店

ラ行  ラ、月  、肉  リ、分  、日  ル、性  、心  レ、口  、囲  ロ、十  、止
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