「うか」116号  トップページへ 
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野馬追文庫(南相馬への支援)(27)
                                   
山 内  薫

 今回は児童書翻訳者の野坂(のざか)悦子さんから原稿を頂きました。文中にもありますように、野坂さんは絵本作家の武田美穂さんと共に2013年から毎年南相馬市の児童発達支援事業所「じゅにあサポートかのん」に行って「紙芝居と絵本 ワークショップ」をなさっています。野坂さんはオランダ語を中心とした数多くの児童書や絵本を翻訳されています。また『ロロとレレのほしのはな』(トム・スコーンオーヘ絵 小学館 2013年)『ようこそロイドホテルへ』(牡丹靖佳絵 玉川大学出版部 2017年)などのご自身の著作もあります。墨田区立図書館の蔵書検索で探しますと133種類の本が所蔵されています。ちなみに国立国会図書館の児童書で検索しますと181種類の本が所蔵されていることが分かります。文中にもありますが、2001年に「紙芝居文化の会」の創設にも加わり、紙芝居を海外に普及する活動をなさっています。武田美穂さんは『となりのせきのますだくん』(ポプラ社 1991年)シリーズや『オムライス ヘイ!』(ほるぷ出版 2012年)などの多数の創作絵本の他、松谷みよ子の『モモちゃんえほんシリーズ』(講談社 1995~1997)など多くの本の絵を担当されています。
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 2018年7月に、南相馬市原町区にあるじゅにあサポート「かのん」へ行ってきました。今回で5回目の訪問です。児童発達支援・放課後等デイサービス支援事業所「かのん」とのつながりは、臨床発達心理士、JBBY会員の攪上久子さんのご紹介で始まりました。

 南相馬で野馬追文庫の活動を続けてきた攪上さんと共に、絵本作家の武田美穂さんと児童書翻訳家の私が、じゅにあサポート「かのん」を初めて訪問したのは2013年12月のこと。「子どもたちへ〈あしたの本〉プロジェクト」(呼びかけ団体-日本国際児童図書評議会、日本出版クラブ、出版文化産業振興財団)による支援の一環でした。紙芝居の実演と絵本の読み聞かせをしたあと、武田さんが中心となって、その年は「キラキラバッジをつくろう!」というワークショップを行いました。
 初めての訪問のあと、「かのん」の活動についてまとめた文章があったので少し引用します。
 じゅにあサポート「かのん」では、ADHD、アスペルガー症候群、情緒障害などをもつ子たちに、学習支援、コミュニケーション支援を個別トレーニングで行っていて、「ここは対人関係を構築するスキルを学ぶための事業所」だと、所長の新妻直恵さんはいいます。「絵本は欠かせません。毎日、絵本を子どもに音読してもらっていますよ。どの子も、これが怒っている顔、これが嬉しい顔と、絵を見てまわりの人の感情を読み取るすべを覚えます。そして、悲しいときはこう言うんだと、気持ちを表す言葉も豊かにしていくんです」保護者への働きかけも大切にしているそうで、「悩みながら子育てするお母さんたちの話を聞く、まあ、《駆け込み寺》みたいなところですよ」と、笑顔で話してくれました。(2014年絵本学会会報「リレーエッセイ」より)
 「かのん」には、現在、じゅにあサポート「かのん」のほか、姉妹施設のきっずサポート「かのん」、ちゃいるどサポート「かのん」があります。子どもたちの障がいの程度や年齢に応じて、通う施設が分かれています。東日本震災のあと、とりわけ発達に遅れのある児童に困難が集約されて押し寄せ、そんな子どもたちのために、市民が立ちあがってNPO法人「きぼう」をつくり、「かのん」の運営を始めたのです。
 私たちも武田さんも、スタッフのみなさんの熱意、スキルの高さに感心し、若い人たちが生き生きと働く姿をとても嬉しくいっぽうで、「ここは安心できる」という場を、震災後の不安やストレスのなかで創りだすためには、想像を越える苦労があるのではないかと思いました。
 「スタッフは相当がんばっていますよ。でも単調な日々なので、こうして外から人が来てくれることが、子どもたちにとっても私たちにとっても、ほんとに嬉しいんです。またお二人で来てください」
気さくな新妻所長のそんな声を聞き、別れがたくなりました。手をふって施設をあとにするとき、次回はいつ、どんな形で「かのん」を訪れたらよいかと、武田さんと私は考え始めました……。

 私たちの働きかけと、「かのん」のみなさんの願いが一致して、武田さんと二人での南相馬訪問は、その後回を重ねることになります。新妻さんと相談のうえ、2回目の訪問からは武田さんの指揮のもと、あるときは巨大迷路、あるときは秘密基地と、大きなものを一緒に創ってきました。子どもたちは、迷路のなかに寝転んだり、もぐったり。カッターで窓を開ける、色紙やシールを貼る、テープを垂らすなど、ひとりひとりが年齢や発達の程度に応じて好きな作業を続けるのです。スタッフや保護者のみなさんもひとつになってのワークショップはとても好評で、新妻さんによれば、「思い切り外で体を動かすことの少ない子どもたちの、ストレス発散に役立つ」のだといいます。2階ホールにできた基地や迷路は、しばらくそのままにされ、私たちが帰ったあとも子どもたちの遊び場になるのだそうです。
 こうして昨年、5回目の訪問を迎え、ワークショップのテーマは武田さんの発案で「巨大かいじゅう」に決まりました!(「紙芝居と絵本の読み聞かせ」「ワークショップ だんぼーるあーとー巨大かいじゅう」を告知するちらしを御覧ください。)
 でも実は今回はもうひとつ、裏メニューがありました。それはスタッフを対象にした紙芝居講座。ワークショップ前日の7月6日に、職員研修の形で講座を開いていただくことになったのです。紙芝居には、子どもたちを変える力があります。ふだんは気が散って物語をうまく楽しめない子が、なぜか集中して物語を聞いてくれます。そこには絵本とは違う紙芝居ならではの秘密があって、「紙芝居文化の会」の運営委員である私は、紙芝居ならではの共感の秘密を全国各地で伝えてきました。そんなスキルを「かのん」にも分かち合いたいとずっと考えていて、長年の願いが今回かなったのです。
 夕方4時半から始まった講座では、まず最初に「紙芝居と絵本はどこが同じで、どこが違うのか?」「紙芝居ならではの形式や、紙芝居の特性とはなにか」についてお話ししました。その後、私が脚本を手がけた『かしこいカンフ』『やさしいまものバッパー』もふくめた5作品を、5名のスタッフに演じてもらいました。なにしろスタッフは日々、子どもたちに愛情をもって接している方たちばかりです。どの人も読み方にゆったりしたリズムがあり、声に張りがありました。講座のあと、「演じ手がいなければ、紙芝居は成立しないという発見が面白かった」「これからもっともっとやってみたくなった」という声を聞き、無理をお願いした甲斐があったと、ホッとしました。新妻さんも「違いがわかると、眼からうろこですね。紙芝居への興味の持ち方がぜんぜん変わりました」と感想を聞かせてくれました。 
 そうして待ちに待った7月7日。9時半よりメインイベントです。参加者は、3つの「かのん」に通う子どもたちと、保護者の方たち約70名。2歳から15歳までの幅広い年齢層の子どもたちが集まりました。2階ホールは、イベントが始まるまえから、子どもたちのやる気でむんむんしています。
 まず、私が武田美穂さんの新作紙芝居『おはようパワー』を演じて、「おはよう!」の持つ元気な力をみんなで分かち合いました。続けて演じたのは『カヤネズミのおかあさん』(キム・ファン脚本、福田岩緒絵)。いっしょうけんめい巣をつくり、子育てをし、ほかの動物たちから子ネズミ
を守ってお引越しをするおかあさんの姿が、南相馬の大人のみなさんの姿に重なって、目じりが熱くなりました。
 そして真打ち、武田さんの登場です。自作の絵本『しんけんしょうぶ だるまさんがころんだ』を読んだあと、色紙で作った小さなかいじゅうのサンプルを見せながら、「今日は段ボールを使って、巨大かいじゅうをつくります」と説明が始まります。
 「かのん」で山ほど集めた家電の段ボールと、武田さんがこの日までに何箱も送ってくれた宅急便(さまざまな色のガムテープや布、リボンなどの材料をそろえたもの)が輝きを放つ瞬間が訪れました。武田さんと「かのん」のみなさんの労を惜しまぬ下準備に、私はもう頭が下がるばかりです。ワークショップは正午まで続き、いろんな顔、いろんな形、いろんな大きさのかいじゅうが、ホールのあちこちに登場しました。ざわざわ森に住む「がんこちゃん」の人形が気に入って、ずっと抱っこしていたお子さんもありました。
 飛び回ってかいじゅうづくりの様子を見まわり、子どもたちを励ます武田さんの横で、私はうろうろするばかり。それで、できるだけ大人のみなさんの話を聞こうと思いました。一緒にものを作るなかでの安心感が、心を解きほぐしてくれたのでしょう。おかあさんたちに「作るのがお上手ですね」「すてきなデザインですね」と、声をかけ、少し話をするうちに「うちの子は多動だっていわれています」「私は娘にすぐ怒ってしまって…」と、思いを語ってくださいました。2時間にわたるワークショッ
プの最後は、紙吹雪! 大人も子どももひとつになって、紙吹雪を力いっぱいまきちらして巨大かいじゅうの完成を祝いました。
 年にたった一度の訪問ですから、たいしたことはできません。それでも毎年、私たちの紙芝居やワークショップを楽しみに待っている方たちがいる! そう思うたび、ふるさとがひとつ増えたような気がして、「かのん」に足を運びたくなるのです。
 原町の大通りも建て替えがすすみ、生活は少しずつ落ち着いてきたように見えます。けれどもそれは外から見える部分
だけ。南相馬に生き続ける方たちが、津波や原発事故で失ったものを決して忘れることはないでしょう。ただ、大震災がなければ、私たちのこんな出会いもなかった。被災地と東京との物理的な距離は埋まらないけれど、目を開き、耳を傾けることで、心の距離は縮まっていくように思えるのです。
 武田さんと私が「かのん」訪問を続けるあいだに、お子さんもスタッフも少しずつ顔ぶれが変わっています。たとえ人は変わり、療育の内容が進化しても、「かのん」がそこにあることに変わりはありません。たぶん私は、「かのん」で感じられる信頼感に満ちた空気が好きなのかもしれません。
 紙芝居や絵本、ワークショップを通して非日常の世界をつくりだし、子どもと大人と、外部の私たちもいっしょになった大きな遊びのなかで、はたして何が見つかるのでしょう?外にいる私たちが、町を毎年訪れることに、どんな意味があるのでしょう?それを考え続けるために、今年も南相馬に通うことになりそうです。
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