「うか」131号  トップページへ 
点字から識字までの距離(124)
                                   
山 内  薫

       障害をめぐる条約や法規の現状(2)

  「障害者の権利に関する条約」(1)

 2006年12月13日に国連総会において採択され、日本が世界で141番目の国として、2014年1月20日に批准した「障害者の権利に関する条約」(以下「障害者権利条約」)は、その(a)から(y)までの25に及ぶ前文の中で
「(e)障害が発展する概念であることを認め、また、障害が、機能障害を有する者とこれらの者に対する態度及び環境による障壁との間の相互作用であって、これらの者が他の者との平等を基礎として社会に完全かつ効果的に参加することを妨げるものによって生ずることを認め、」と障害の社会レベルについて言及し、第1条 目的では「この条約は、全ての障害者によるあらゆる人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有を促進し、保護し、及び確保すること並びに障害者の固有の尊厳の尊重を促進することを目的とする。
 障害者には、長期的な身体的、精神的、知的又は感覚的な機能障害であって、様々な障壁との相互作用により他の者との平等を基礎として社会に完全かつ効果的に参加することを妨げ得るものを有する者を含む。」として具体的な障害の定義をせず、環境との相互作用によって障害が生じるという立場をとっている。
 その上で次の「第2条 定義」は以下のような内容になっている。
「この条約の適用上、
 「意思疎通」とは、言語、文字の表示、点字、触覚を使った意思疎通、拡大文字、利用しやすいマルチメディア並びに筆記、音声、平易な言葉、朗読その他の補助的及び代替的な意思疎通の形態、手段及び様式(利用しやすい情報通信機器を含む。)をいう。
 「言語」とは、音声言語及び手話その他の形態の非音声言語をいう。
 「障害に基づく差別」とは、障害に基づくあらゆる区別、排除又は制限であって、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のあらゆる分野において、他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を認識し、享有し、又は行使することを害し、又は妨げる目的又は効果を有するものをいう。障害に基づく差別には、あらゆる形態の差別(合理的配慮の否定を含む。)を含む。
 「合理的配慮」とは、障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。
 「ユニバーサルデザイン」とは、調整又は特別な設計を必要とすることなく、最大限可能な範囲で全ての人が使用することのできる製品、環境、計画及びサービスの設計をいう。ユニバーサルデザインは、特定の障害者の集団のための補装具が必要な場合には、これを排除するものではない。」
 はじめの「意思疎通」は英語の正文では「Communication」となっており、コミュニケーション上の障害を克服する様々な手段が羅列されている。ちなみに平易な言葉は「plain-language」、朗読は「human-reader」となっている。(国連の公用語はアラビア語、中国語、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語の6カ国語で、それぞれが正文とされている)
 そして次に「言語」とは、音声言語及び手話その他の形態の非音声言語をいう、と書かれ、手話が言語であることを国際的に承認することとなった。1880年にミラノで開催された第2回国際ろう教育会議で「聞こえない子どもにも、音声言語を習得させることができる。そのために手話使用を禁止しよう」と、口の動きを読みとる「読話」や声に出す「発語」の「口話」のみをろう学校で使うことを勧める決議がされてから126年も経ってのことだった。1960年にウィリアム・ストーキーが手話も独自の体系を持つ二重文節性のある言語であることを発見し報告してからでも46年の歳月がかかったことになる。
 日本でも「口話教育が広がり、1933年には鳩山一郎文部大臣(当時)が口話で教えるよう訓示。聞こえる人と同じように育てるという教育方針で、ろう学校での手話は禁止された。」(朝日新聞2024年5月24日)戦後、栃木県立聾学校が1968年に「手話法手引き」を作成して教室に手話を再び持ち込んだが、これはあくまでも音声言語である日本語を手指で表す代替コミュニケーションである「日本語対応手話」であって、音声言語である日本語とは独立した手話言語「日本手話」ではなかった。
 日本の国内法では2011年の障害者基本法の改正で手話が言語であることが明記されたが、教育の場では『聴覚障害教育の手びき』(文部科学省 2020)に至ってようやく「言語」としての日本手話と日本語対応手話を区別するようになった。
 聾の団体からは国の法律としての2012年に「手話言語法」の法案が公表されており(2018年修正案公表)、制定するように要望が出されているが未だに実現していない。一方それぞれの自治体ごとに作成する「手話言語条例」を成立させている自治体は、2024年10月11日現在38都道府県、21区、359市、119町、7村の計544自治体に上っている。(全日本ろうあ連盟事務局把握分)
 「手話言語法」が成立すれば(条例であっても可能だが)当然自治体の広報や選挙公報の動画による手話版が音声版や点字版と同じように作成され、必要としている人の手元に届かなくてはならないだろう。このような手話翻訳は検討が始まったばかりで、「例えば、がん資料について、皆川ら(2022)*は、一般患者向けに書かれたがん冊子を日本手話に翻訳するに当たって、さらに情報を足す必要があったことをまとめている。元の資料も、一般の日本人向けとして十分に検討されている。それでも元資料に掲載されている図解だけでは不足だと、新たな図を足したり、日本語では十分と思われた文言が抽象的で誤解を生むとして、具体的な内容を調べて付け足したり、文字で書かれた単語や手術の方式の翻訳をするのに、医学書を参照して身体部位を正しく表出したりする工夫が必要だった。つまり、ろう者に必要な視覚的イメージや、日本語のコミュニティーに比べて共有されていないと思われる文脈情報を足すことが必要なのである。」(「第8章 手話の認知科学」高嶋由布子 『ことばと学び』シリーズ〈ことばの認知科学〉 朝倉書店 2024 手話に関する記述はこの論文に多くを負っています。
 *「ろう者を対象にした医療情報の翻訳における課題-がん冊子の手話動画作成を通して」『日本ヘルスコミュニケーション学会雑誌』13:30-39)

 著作権法の第47条6(翻訳、翻案等による利用)は、次の各号に掲げる規定により著作物を利用することができる場合には、当該各号に掲げる方法により、当該著作物を当該各号に掲げる規定に従つて利用することができる。として
 5 第37条第3項 翻訳、変形又は翻案 (視覚障害者等)
 6 第37条の2 翻訳又は翻案(聴覚障害者等)
が、それぞれできることになっている。6の翻訳はまさに他言語である「日本手話」への翻訳を指し、翻案も認める条項となっている。
 音声言語である日本語の日本手話への翻訳は緒に就いたばかりであり、今後多様な事例や試みを通して、より正確で分かりやすい手話翻訳の確立が望まれる。
 さて第2条定義ではその後に「障害に基づく差別」の禁止と「合理的配慮の提供」の2点が述べられている。この2つは日本の障害者差別解消法などにも盛り込まれている実効性を伴った具体的な施策の柱である。
 この内「合理的配慮」については、最近あちこちで耳にする機会が増えたが、この言葉に対して「合理的配慮と呼ばれている内容は、日本独特のものであり、国際的な考え方からは大きく隔たっている」と指摘する人もいる。(慎 英弘(シン ヨンホン)「『合理的配慮』とは何か」点字毎日活字版 2015年10月29日)
 慎氏は「英語の正文『reasonable accommodation』を『合理的配慮』と訳している。これは正しい翻訳なのだろうか。『reasonable』を『合理的』と訳せたとしても、『accommodation』には『配慮』という意味はないのであるから『配慮』とは訳せない。『便宜』や『調整』などの意味であり、『配慮』と訳すのは全くの違訳であり、強引極まりない訳語である。」続けて「『配慮』という訳語は、まさに配慮する側に力点が置かれ、主体は障害者ではなく、配慮する側になってしまう。」と疑義を述べている。中国語の正文でも「合理的」「便利」となっており、英語やフランス語と共通している。合理的な配慮(便宜)の提供の問題は障害者の主体的な権利の問題として捉えなければならないだろう。

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