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点字から識字までの距離(123) 山 内 薫 |
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障害をめぐる条約や法規の現状(1) 「国際障害分類」から「国際生活機能分類」へ 今年に入って障害者関連の法律が2つ改正された。4月には改正障害者差別解消法が施行され、6月には改正教科書バリアフリ-法が可決・成立した。障害者差別解消法の2本の柱である「障害を理由とした差別の禁止」と「合理的配慮の提供」のうち、後者は公的施設に関しては義務、民間の事業者については努力義務であったものが、今回の改正で全ての施設、事業者について義務化された。例えば公立の学校では様々な障害や特性を持つ子どもに対して、点字・録音・拡大をはじめとして、文字の拡大、色の調整、読み上げなどができるデジタル教材などを提供してきているが、今後は私立の保育園、幼稚園、学校はじめ、民間の塾、模擬試験業者などでも障害や特性に応じた教材の提供や措置(例えば試験の時間延長や教室での端末の利用)をとらなければならなくなった。 また、改正教科書バリアフリ-法によって、障害のある児童・生徒だけではなく、日本語を母語としない外国人児童・生徒も教科書の音声デ-タなどのデジタルデ-タを利用できるようになる。公立学校における日本語指導が必要な児童生徒数は増加傾向にあり外国籍の子どもは令和3年度で47,627名と平成20年から1.7倍にまで増加している。 このように障害者差別解消法をはじめとする日本の障害者関係の法律が次々と成立・改正される背景に国連が2006年に採択した「障害者の権利に関する条約」(以下「障害者権利条約」)の存在がある。日本は2014年になってやっと世界で141番目の国としてこの条約を批准したが、批准までの8年間に障害者関係国内法を見直し、障害者権利条約に沿った改訂作業を行っていた。障害者差別解消法もそうした国内法整備の一環として2013年に制定され、2016年から施行された。 障害者権利条約に早い時期に対応して改正されたのは著作権法で、2009年に大きく改正されたが、その時の文化庁ホ-ムページでは次のように説明されている。ちなみにこの時に改正されたのは Ⅰ.デジタル化・ネットワ-ク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定の整備 Ⅱ.教育の情報化に対応した権利制限規定等の整備 Ⅲ.障害者の情報アクセス機会の充実に係る権利制限規定の整備 Ⅳ.ア-カイブの利活用促進に関する権利制限規定の整備等 以上の4点だった。 Ⅲ.障害者の情報アクセス機会の充実に係る権利制限規定の整備 障害者のための著作物利用について,権利制限の範囲が,次のとおり拡大されました。 (第37条第3項,第37条の2関係) ① 障害の種類を限定せず,視覚や聴覚による表現の認識に障害のある者を対象とすること ② デジタル録音図書の作成,映画や放送番組の字幕の付与,手話翻訳など,障害者が必要とする幅広い方式での複製等を可能とすること ③ 障害者福祉に関する事業を行う者(政令で規定する予定)であれば,それらの作成を可能とすること(文化庁のホ-ムペ-ジより(平成22年改正)) つまり、それまでは視・聴覚障害者に限定されていた権利制限が視覚や聴覚の認識に障害のある者に拡大されたこと、デジタル録音図書をはじめとする障害に応じた多様な複製が可能になったこと、そしてそれまでは点字図書館等の福祉施設にしか許されていなかったそれらの資料の作成が学校図書館や公立図書館でも自由に作製できるようになったのだった。それまでは「ハリ-・ポッタ-」を読みたくても本では読めないディスレクシアの子どもが、点字図書館が作製したその録音資料を利用したくても利用できなかったが、この改正によって利用することができるようになった。このように発達障害、知的障害、高齢による視力の低下等々で一般の資料を読むことが困難だった多くの人が録音資料やデジタル資料などを利用できるようになった。 また、それ以前、公立図書館は録音図書などを自由に作製することができなかったために、利用者から要望のあった本の録音については、個々にその本の著作権者の許諾を得なければ録音図書を作れなかった。視覚障害者団体などが著作権法改正の運動を30年以上にわたって行ってきたにも係わらず実現できなかったものが2009年の著作権法改正で実現することになった。その背景には障害者権利条約の存在があり、その内容をいち早く実現したのがこの著作権法改正だった。 こうした障害者関係の条約や法律が生まれる発端は1981年に国連が定めた「国際障害者年」だった。「完全参加と平等」という標語を掲げたこの国際障害者年の前年にWHOは「国際障害分類」という障害の構造モデルを提起した。(図1) 障害を階層的に取り上げて、1次障害が2次障害引き起こし、2次障害が3次障害を引き起こすという右向き矢印で障害の問題を考えようとした。しかし、障害そのものを立脚点として障害の問題を考えようとしている点、障害のマイナス面しか見ていない点、社会的不利について十分な考慮がなされておらず社会的な要因が充分考慮されていない点などの批判が当初から出されていた。 こうした問題を解決するために改訂作業が行われ、2001年に先の国際障害分類の改訂版として作られたのが「国際生活機能分類」である。「機能障害」ではなく「心身機能・構造」、「能力障害」はでなく「活動」、「社会的不利」でなく「参加」というマイナスではなくプラスの用語を用いることにより障害者だけではなく、全ての人の生活に係わる分類として「国際生活機能分類」が提起された。(図2) つまり、誰でも病気になったり、怪我をしたりすれば活動の制約や参加の制限を受けることになる。また新たに環境因子と個人因子という概念を導入してその全てが双方向矢印で互いに影響し合うことを表している。 この「国際生活機能分類」は「人が生きていく上での障壁をその人の個性や周りの環境との関わりを考えた上で、体系立てて分類した、世界共通の分類指標」と言われている。 厚生労働省のホ-ムペ-ジに掲げられている「国際生活機能分類-国際障害分類改訂版-」(日本語版)に中で、「医学モデルと社会モデル」という節があり次のように記述されている。 「障害と生活機能の理解と説明のために、さまざまな概念モデルが提案されてきた。それらは「医学モデル」対「社会モデル」という弁証法で表現されうる。医学モデルでは、障害という現象を個人の問題としてとらえ、病気・外傷やその他の健康状態から直接的に生じるものであり、専門職による個別的な治療というかたちでの医療を必要とするものとみる。障害への対処は、治癒あるいは個人のよりよい適応と行動変容を目標になされる。主な課題は医療であり、政治的なレベルでは,保健ケア政策の修正や改革が主要な対応となる。一方、社会モデルでは障害を主として社会によって作られた問題とみなし、基本的に障害のある人の社会への完全な統合の問題としてみる。障害は個人に帰属するものではなく、諸状態の集合体であり、その多くが社会環境によって作り出されたものであるとされる。したがって、この問題に取り組むには社会的行動が求められ、障害のある人の社会生活の全分野への完全参加に必要な環境の変更を社会全体の共同責任とする。したがって、問題なのは社会変化を求める態度上または思想上の課題であり、政治的なレベルにおいては人権問題とされる。このモデルでは、障害は政治的問題となる。 「国際生活機能分類」はこれらの2つの対立するモデルの統合に基づいている。生活機能のさまざまな観点の統合をはかる上で、「生物・心理・社会的」アプローチを用いる。したがって「生活機能分類」が意図しているのは,1つの統合を成し遂げ,それによって生物学的、個人的、社会的観点における,健康に関する異なる観点の首尾一貫した見方を提供することである。」(https://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/08/h0805-1.html) つまり1980年に提起された国際障害分類は医学モデルとして提起されたものだが、改訂版の「国際生活機能分類 」は 「障害のある人の社会生活の全分野への完全参加に必要な環境の変更を社会全体の共同責任とする」障害の社会モデルという新たな考え方を提起した。 この障害の社会モデルという考え方をベ-スにして、提起されたのが「障害者権利条約」(2006年)である。 |
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