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   点字から識字までの距離(71)
      著作権法改正(上)

                         
山内薫(墨田区立あずま図書館)

 1975年1月19日付け読売新聞の都民版に「“愛のテープは違法”の波紋」という記事が載った。中見出しには「点字がわり“声の本”無断録音(著作権法違反)とわかる 小石川図書館」とある。文京区立小石川図書館では1973年12月から視覚障害者を対象としたカセットテープの貸出を始めたが、蔵書は落語や浪曲などの市販カセット・テープの他に日本点字図書館等から借りた文学書のテープを複製して貸出を行っていた。これに対して日本文芸著作権保護同盟が「悪用ではないが、公共機関だけに法律を守ってほしい。」とクレームをつけ、実情調査をするという内容の記事が載ったのである。ここで法律と言っているのは著作権法のことで、同法第37条(点字による複製等)では、著作権の権利制限として第1項で点字を取り上げ、点字による複製については営利・非営利を問わず、また複製者や複製場所についても限定せずに全く自由に複製することを認めている。しかし録音による複製(当時は第2項、現在は第3項)については、「点字図書館その他の盲人(後に視覚障害者に変更)の福祉の増進を目的とする施設で政令で定めるものにおいては、もっぱら盲人向けの貸出しの用に供するために、公表された著作物を録音することができる。」としており、著作権法施行令第2条で定められた施設の中に公立図書館は含まれない。そのため、この事件以降公立図書館では著作権者の許諾を得なければ視覚障害者用の録音資料を作成することができないということになったのだった。
 従って公立図書館が録音資料を作成する場合には、著作権者の許諾を得てから資料を作成するため、許諾の返答がなければ何時までも資料を作成できず、仮に著作者が許諾を拒否すれば利用者に音声資料を提供できないということになってしまう。丁度同年10月25日の大阪新聞は「“恍惚の人”お聞かせできません〜老人には残酷すぎる〜有吉さん録音断る」という記事を載せているが、寝たきり老人から自著をテープで読ませてほしいという要望が図書館を通してあったが「内容的にみても本人がショックを受けるのでは」と拒否したというのだ。著作権法上視覚障害者であれば点字図書館から録音資料を借りて読むことができるが、視覚障害以外の理由で本を読めない人たちは『恍惚の人』という、どこの本屋に行っても平積みにされていて、誰でも買って読むことができるベストセラーを読むことができないことになる。インタビューに答えて有吉佐和子は「寝たきり老人の方にお聞かせするのは、内容的にみて残酷だと思い断った。自衛手段をもたない人に、恐怖感を与えるのはいけないと思う。図書館の人も無神経です。」と回答しているが、こうした暴論が著作者の権利として主張されてしまうことは、横暴以外の何者でもないであろう。
 このように、一般の本をそのままでは読むことのできない多くの読書障害者の障壁となっていた著作権法の改正案が本年6月11日に参議院文教科学委員会で可決され、来年の1月1日から施行されることが決まった。件の第37条は「点字による複製」が「視覚障害者等のための複製」に改められ、第3項は次のように改められる。
「3 視覚障害者その他視覚による表現の認識に障害のある者の福祉に関する事業を行う者で政令で定めるものは、公表された著作物であって、視覚によりその表現が認識される方法(視覚及び他の知覚により認識される方法を含む)により公衆に提供され、又は提示されているもの(当該著作物以外の著作物で、当該著作物において複製されているものその他当該著作物と一体として公衆に提供され、又は提示されているものを含む。以下この項及び同条第四項において「視覚著作物」という。)について、専ら視覚障害者等で当該方式によっては当該視覚著作物を利用することが困難な者の用に供するために必要と認められる限度において、当該視覚著作物に係る文字を音声にすることその他当該視覚障害者等が利用するために必要な方式により、複製し、又は自動公衆送信(送信可能化を含む。)を行うことができる。ただし、当該視覚著作物について、著作権者又はその許諾を得た者若しくは第75条の出版権の設定を受けた者により、当該方式による公衆への提示が行われている場合は、この限りでない。」
 つまり今までは専ら視覚障害者のみを権利制限の対象としていた著作権法が、「視覚による表現の認識に障害のある者」に改められたことによって、大きな文字でなくては読めない弱視者や高齢者、文字の読みに障害のある学習障害者などもその対象として認めるようになったのである。また「文字を音声化することその他当該視覚障害者等が利用するために必要な方法」には、以前紹介したマルチメディア・デイジー化を始めとして、知的障害者のためのやさしく読みやすくしたリライトなども含まれるようになる。
  参議院文教委員会では同日「著作権法の一部を改正する法律案に対する附帯決議」がなされたがその中で
「3、障害者の情報アクセスを保障し、情報格差を是正する観点から、本法の運用及び政令の制定に当たっては、障害の種類にかかわらず、すべての障害者がそれぞれの障害に応じた方式の著作物を容易に入手できるものとなるよう、十分留意すること。
 4、教科用拡大図書や副教材の拡大写本を始め、点字図書、録音図書等の作成を行うボランティアがこれまで果たしてきた役割にかんがみ、今後もボランティア活動が支障なく一層促進されるよう、その環境整備に努めること。」とされている。
 今回の著作権法の改正には、昨年の6月に衆議院文部科学委員会及び本会議において全会一致で可決した「障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律」(いわゆる「教科書バリアフリー法」)の成立も影響している。従来の著作権法では第33条の(教科用図書等への掲載)で「公表された著作物は、学校教育の目的上必要と認められる限度において、教科用図書(小学校、中学校又は高等学校その他これらに準ずる学校における教育の用に供される児童用又は生徒用の図書であって、文部大臣の検定を経たもの又は文部省が著作の名義を有するものをいう。次条において同じ。)に掲載することができる。」とし、著作物を教科書に掲載できるだけではなく、第43条の規定に基づいて著作物を翻訳・編曲・変形・本案して掲載することが認められていた。しかし弱視の子どもたちに必須の拡大教科書については教科用図書として認められていなかったために、弱視者団体や拡大教材作成グループなどからの働きかけによって教科書バリアフリー法が成立したのだった。この法律の成立に伴って著作権法第33条の第2項は次のように改正された。 
「教科用図書に掲載された著作物は、視覚障害、発達障害その他の障害により教科用図書に掲載された著作物を使用することが困難な児童又は生徒の学習の用に供するため、当該教科用図書に用いられている文字、図形等の拡大その他の当該児童又は生徒が当該著作物を使用するために必要な方式により複製することができる。」
 ここでも、弱視児を対象とした単なる拡大に止まらず、「当該著作物を使用するために必要な方式による複製」が認められマルチメディア・デイジー教科書を始めあらゆる方式による提供が可能になったのである。
 可決された当日の参議院文教科学委員会で民主党の参議院議員那谷屋正義氏の「複製等を行うことのできる主体というもの、政令で定めるものというふうになっておりますが、これは一体どこまで拡大をされるのか。」という質問に対し、政府参考人として文化庁の高塩至氏は「広く公共図書館や関係の事業を行っております民法法人などが新たな対象になり得るということを考えておりまして……」と回答している。
 今回の改正によって、巻頭の事件から実に35年の歳月を経て、公立図書館で様々な読みの障害者に対して録音その他の資料の作成と貸出が自由にできるようになるのである。

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