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             わたくしごと
                                   木村多恵子

 親しい友からメールが届いた。
 ケイタイに届いたメールは、内容が理解出来たら音声を聞くだけで終わらせているが、書かれている漢字や、初めて聞くカタカナ語などを確実に知るためには、そのメールをパソコンに移して、ピンディスプレーで文字を確認している。
 彼女から送られてきた今日のメールは、花の名前についてであった。
 彼女と一緒にその花を愛でていたとき、いつもは直ぐに名前を教えてくださる方なのに、そのときは珍しく自信がなさそうだった。そこで、彼女は改めて調べてくださったのである。

 「イングリッシュローズガーデンに咲いていた、水色と薄紫の縦長の花は、やはり〈デルフィニウム〉でした。…
 何時も通る花屋さんを覗いたら、な、なんと、デルフィニウムの切り花が出ていました。色は水色と青!
 すてきです。」

 不思議なことに、わたしはこれまで何度も〈水色〉という言葉を聞いたり言ったりしてきた。それに漢字の〈水色〉も、実際に何度も読み、書きもしてきた。
 けれども、今日彼女からのこのメールは、何故かわたしの全身を震るわすほどの感動を与えた。
 一文字一文字たどるわたしの指は、まず〈水〉に触れた。爽やかな、少し冷たい、透明な水が心に浮かんだ。
 そして、〈色〉と進んだとき、「ああ、本当に水の色だ!」と思った。透明度の高い清らかな、深い湖を一気に連想した。湖面は波一つ立たない静かさで、どこまでも薄青い湖の色だった。

 が、本当の水の色とはどんな色だろう?
 水の化学式は、H2Oであり、大まかにその性質を言えば、無味無臭、無色透明である。

 わたしの「水色」は、透明で、太陽光線が真っ直ぐに湖の底深くまで美しく注ぎ込まれているときの色である。
 この底深くといっても、太陽光線が届くのは、せいぜい湖面から2、30メートルの深さまでと聞いた覚えがある。従って曇天では同じ湖でも、このような美しい色にはならないのだ。

 この穏やかな湖を思いながら、山崩れが起きる前兆として「土や小石を含んだ濁った水が流れ出したことに気づいたら直ぐ避難すること」という警告まで思い出してしまった。
 これは最近沢山の大きな災害を直視せざるをえない今日だからである。

 日本国内でも太平洋沿岸と、日本海とでは海の色は違うと聞く。ましてやヨーロッパ、地中海に住む人たちが見る水色と日本人が思い描く水色とは異なるのは当然であろう。
 人々は自分が育った環境によって、火山地帯に住む人、鉱山近くに住む人、砂漠に住む人、それぞれ慣れ親しんだ水や山の色を心に抱き続けていると思う。
 銅や鉄、その他様々な鉱物を沢山含んでいる土地に住んでいる人は、側を流れる川の色が赤茶色だったり、緑を含んだ色だったりするだろう。
 わたしが思っている水色とは明らかに違う。

 日本の画家とヨーロッパの画家が持ち寄った水色の絵の具は互いに相手の色は水色ではないと言い争ったという話を聞いたことがある。
 その後、互いの齟齬を避けるために明度のようなものを決めて番号を付けたということも聞いた。

 現実にわたしの他に、普通に目が見える友人三人を含めて、四人でおしゃべりをしていたとき、なんとはなしに、わたしの洋服の色を訪ねた。すると答えは「オレンジがかった黄色」と言う人、「オレンジ」と言う人、「赤に近いかしら」と微妙に異なる三人三様であった。もしかしたら三人が教えてくれた色名は、わたしが間違えて覚えているかもしれないが、三つの色を聞いたことは確かで、これはおもしろかった。

 わたしが友のメールから受けた感動は、平穏な日常の証としての水の色、晴れ渡った穏やかな陽(ひ)を浴びた湖の色を思い出させてもらったこと、そして美しい色を楽しませていただけたことである。

 近年、自然も、人間社会も、荒れに荒れている。そんな日々から、穏やかな日々に戻して欲しいと、痛切に願ってもいるからである。

    山は青き故郷 / 水は清き故郷

と、失われてしまった古里を追慕する、悲しみをともなう歌ではく、センチメンタルな感傷でもない、日常の平安な古里讃歌でありたい。

 最後に子供の頃のことを書かせていただきたい。
 まだ色程度は見えた頃である。
 姉は黄色のカーディガンを持っていた。その色はきれいだとは思ったけれど、わたしは水色のカーディガンを欲しかった。姉といくつものデパートや小売店を回って探した。水色のカーディガンは何枚もあったが、わたしの憧れの水色はどうしても見つからない。朝から晩までお店が開いているあいだどんなに沢山のお店を回ったことか!ワンピースやブラウスを見ても、わたしが求める水色は見つからなかった。白っぽすぎたり、テカテカしていたり、かと思えば黒っぽすぎたり、くすんでいたりで気に入らない。
当時はお店の蛍光灯の元で見るのと、自然光の中で見るのとではかなり色合いが違っていたように思う。

 上野、浅草と当時は何十軒もお店が並んでいて、ほとんど全部といっても過言ではないほど見て回った。それでも姉は叱らなかった。これ以上わがままを言えない。また近いうちに探しに連れて行ってとも言えない。何故かわたしは今日買ってもらわなければチャンスはないと思い込んでしまって、一枚を選んだ。が、わたしの不満は収まらず、家に帰っても機嫌はなおらなかった。事情を知らない母から叱られ、もっと不機嫌な夜を過ごした。
 その後、わたしの目は色さえ見えなくなって、今では「これはきれいなピンクよ」「落ち着いた赤よ」と言われると、素直に色も柄も姉に任せている。近頃は色の種類も増えたし複雑な色合いも出せるようになったというので、今ならわたしの憧れの水色に出会えるかもしれない。あるいは永久に見つけることはできないのかもしれない。心に作り出している「わたしの水色」と「わたしの紺」と、わたしの「真冬の夜の美しい深い空の青」はわたしだけのものなのだろう。
                                          2016年7月6日(水)
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