「うか」108 連載初回へ トップページへ | ||
わたくしごと 木村多恵子 |
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あるとき、いつも行くところで、ミニバザーをやっていた。 なにかいいものはないかな?衣類は避けて、乾物類や手作りのお惣菜やお菓子を探し始めた。 「蜂蜜はいかがですか? 1キロ入りで多いかもしれませんが、とても美味しいのでお勧めします」と上手な売り込み。 「うーん、1キロは多いな」とうなりながらも蜂蜜の入れ物を見せていただいたら、思いがけず瓶ではなく、ビニール袋に注ぎ口が付いているだけの単純なものだった。 「これならこぼさずに移し取れるかな?」と気持ちが動いた。が、わたしが思っているよりはお値段が高いので、もしあまり気に入らない味だったらどうしよう、とまた躊躇した。けれどもめったにないチャンスなので、エイヤア、と買うことに決めた。 家には丁度プレーンのヨーグルトがあったので、まずそれに蜂蜜を少し入れて食べてみた。 「あれ?」 喉にひっかかる渋味が無く美味しい。 蜂蜜を増やした。美味しい。もっと入れた。「うーんおいしい!」 最後は蜂蜜にヨーグルトを入れたような具合になっても喉ごしが柔らかくて美味しい。 今度は、新しい大根があったので、直ぐ大根をスライスして蜜をたっぷり入れた。すると大根からどんどん水分が上がってきた。小さな杯にその汁を入れて飲んで見たら、これも優しい甘味で美味しい。 蜜にたっぷり浸かった大根も食べた。 大根はしゃきっとして実に美味しい。 蜜に浸し続けると大根の繊維が堅くなってしまうので、ほどほどの分量に留(とど)めて、大根は必要な時にマメに切ることにした。 若い頃わたしはしょっちゅう咳が出て苦しかった。止めようとすればするほど、咳が咳を呼ぶ。わたし自身はある程度まで咳をしてしまった方が、無理に押さえ込むより楽だったので、自然体でいたかったが、側にいる人は聞いていられない。最初は心配していても、だんだん困り果て、やがてにがにがしく呆れているのが分かって、こちらも惨めであった。 もちろん一人その場を離れることもあるのだが、電車の中や、一緒に歩いてどこかへ連れて行ってもらうときは一人になれなくてわたしも困った。 なんとかしようとは思うけれど医者にかかるのは好きではない。とは言っても仕方なく病院へ行って薬を処方してもらったが思うようには効かない。勝手に咳止めの売薬を買うのはもっと怖かった。 そんなときラジオで、 「生大根を一センチ角に切ってそれを広口瓶の半分くらいまで入れて、大根がひたひたになるまで蜂蜜を入れておくと、次の日には水があがってくるので、その汁だけを飲むと、しつこい咳は収まります」と話していた。瓶の蓋はせずに綺麗な布巾をかけておくように、とまで注意してくださった。 早速大根と蜂蜜を買って来て大根きざみをし、蜂蜜を入れて布巾をかけておいた。 なるほど、夕方作った蜂蜜大根は翌朝にはたっぷり水分があがって、見た目には出来上がっていた。 早速その汁をカップに入れて飲んだ。 いやいや辛いの辛くないの、辛口の大根おろしの汁を飲んだようなものだ。 咳止めにいいと言われてもこれは辛すぎる。第一喉に渋味と辛味が引っかかって、かえって咳き込んでしまった。 慌ててたっぷり真水でうすめたが、いったん辛い思いをしてしまったからか、喉がひりひり痛い。 刻んだ大根は水分を失って小さく固まっていた。教えてくださった人も「大根は捨てるか、まあ食べてもかまわない」と言っていたが、やはりそのまま食べる気にはなれなかった。 こんなに辛いのは、大根の量に比べて蜜が足りなかったのか、蜜そのものに混ざりものが多い純度の低いものだったのか、花の種類がいろいろ混ざっているからなのか、わたしには理由が分からない。 蜂蜜を買うとき、詳しく花の種類や純度など尋ねず、ただ「これが蜂蜜です」と言われただけで買ったのだが、それでも当時のわたしには高いと思ったことを覚えている。 今考えてみればやはり大根の量に対して、蜜は少なかったのだ。おまけにその蜜の純度が低かったのだと思う。 とにかく第一回はこのように大失敗だった。 その後大根の量を減らし、蜜を増やし、漬け込んだ大根を早めに引き上げたりして、何度も挑戦したがどうしても蜜の渋味が喉にひっかかって不満だった。 それが今回はこれまでとはまったく違っていた。 「やっと見つかった!」 わたしは小さく叫んだ。 さて、この蜂蜜はどこのもの? そうだ、これを提供してくださった方に聞けばいいのだ。 そして迷わずその方に電話をし、「とても美味しい蜂蜜を提供してくださってありがとうございました。これは何処でお買いになったのですか?」と言うと、彼女は「あれを木村さんが買ってくださったのですか?喜んでいただけてわたしもうれしいです。あの蜂蜜はいただいたものなのですが、くださった方には、事情があって詳しいことをお聞きできないのです。」 「こんなおいしいものは初めてなのです。これまで探していたのに、いつも渋味があって、喉に引っかかって満足できなかったのです。でもこれは優しい甘さなので気に入ったのです」とお礼も兼ねて言った。 「何の花か見るのを忘れたけれど、○○養蜂だから探せば分かると思います。」と言った。 結局ガイドヘルパーの方に蜂蜜の袋を見ていただいて、「純正アカシア、ルーマニア産」と詳しいことが分かった。 わたし自身、とても驚いているのだが、多すぎると思った1キロは、あれよあれよという間に袋は空っぽになってしまった。 素敵に贅沢な買い物だった。 2016年 9月21日(水) |
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