「うか」110 連載初回へ  トップページへ
             わたくしごと
                                   木村多恵子

 夫を送って喪の中に「埋没」とまでは言わないけれど、音楽もラジオも聞かず、本も読まず、遺影に備えた沢山の花の一つ一つにそっと触りながら、手を伸ばせば肩に触れられそうな近さの彼と何気ない会話を交わしていた。
 そんな折、一人残されてしまったわたしのことを知った知人が、ミニバラの一鉢を携え、サンドイッチまで持って弔問に来てくださった。
 この4カ月余りのうち、入院2ヶ月、後の2ヶ月を、我が家のこの部屋で、悲しくはあっても、恵まれた日々を過ごし、充実した旅立ちの様子も含めて、わたしは止めどなくしゃべった。
 頷きながら静かに聞き終わり、暫くして、彼女は言った。
 「お話はすっかり変わるのですがいいですか?ちょっと唐突かもしれませんが、わたしはどうやら子育ても一段落(いちだんらく)かと思うのです。今のところ直ぐ、親にかまけなければならないこともなさそうなので、もし多恵子さんがよかったら、時々、多恵子さんと一緒に本を読みたいと思うのです。不定期でお互いの予定を相談しながらでよければ、来てもいいですか?」
 わたしの驚きと喜びは言うまでもなく大きく、「今泣いた烏がもう笑った」の例えどおりであった。
 その日から7年経った。
 そのあいだ彼女は、わたしが希望する児童書を中心に、会えたその日で完結するもの、あるいは何回かに分けて読み終えるもの、彼女の推薦本など何冊も読んでいただいた。
 あるとき、「絵本は好きですか?」の問いに、わたしは、「魅力はあるけれど、やはり何かが欠けているのか、ピンとこないのが本音です」と言いつつ、電車で隣り合わせた母子(おやこ)のことを話した。
 「お母さんが小さい声で、幼稚園にも行っていなそうな子に、『機関車トーマス』を読んでいるのを聞いていたら、わたしまで楽しくなったのです。絵については二人とも分かっているから、わたしは二人の会話の断片で想像するしかありませんが、それでもお母さんと子供の話がうれしそうなので、絵本もいいなって思ったのです」
 「では、上手ではないけれど、わたしが絵の説明をしてみます。いい絵本が沢山あるのですよ。今度持って来ます」の約束で、その第1回が『くまとやまねこ』である。
 以下、絵の説明文と、本そのものの文章を適宜拾いながら、友人の説明は「 」の中に、引用文は[ ]の中に、引用文中の会話は〈 〉を使わせていただきます。わかり辛いところはご容赦ください。

   くまとやまねこ
 最初、この本に使われている紙の色合いと、基本的な絵の色遣いの説明をしてくださった。
 「全体に地味な色遣いです。紙は灰色で、表面がざらざら、でこぼこした感じの紙です。」
 触って見ると、ざらざら感はなかった。
 「塗られている色はほとんど黒で、その黒の中に白が少しあります。しかも、大きな黒の周辺がだんだんぼかされて、灰色になっている、モノトーンです。この色遣いが特徴です。そのほかところどころ白に交じって、ちょこん、ちょこんとピンク色が使われています。」
 大人っぽい本だ、とわたしは思った。
 「まず扉絵の絵です。
 真ん中に、息を引き取った小鳥が、安らかに目を閉じて、手を上に上げて、仰向けになって横たわっている絵です。小鳥は白で、その周りは全部黒く塗られていて、その黒の周辺がぼかしになって、だんだん灰色になっています。
次のページから文章があります。」
  [ある朝、くまはないていました。なかよしのことりが、しんでしまったのです。]
  [くまは森の木をきって、小さな箱をつくりました。
 木の実のしるで、箱をきれいな色にそめ、 なかに花びらをしきつめました。それから、くまはことりをそっと、箱のなかにいれました。]
  [ことりは、ちょっとひるねでもしているみたいです。 さんご色のはねは、ふんわりしているし、黒い小さなくちばしはオニキスという宝石そっくりに、つやつやしています。]
 「白い花びらに埋もれている小鳥をじっと見つめている熊の絵や、熊が森でのこぎりを使って木を切っている絵、小鳥を納めた箱などがあります。
 熊が着ている白っぽいシャツと、小鳥の一部が白、そのほかは黒です。その黒の周辺は少しずつぼかしのようになって、だんだん薄くなって、灰色になっています。」
  [くまは、きのうの朝、ことりと話したことを思いだしました。]
  [くまはことりに言ったのです。
 〈ねえことり。きょうも、{きょうの朝}だね。きのうの朝も、おとといの朝も、{きょうの朝}って思ってたのに、ふしぎだね。あしたになると、また朝がきて、 あさってになると、また朝がきて、でもみんな{きょうの朝}になるんだろうな。ぼくたち、いつも{きょうの朝}にいるんだ。ずっとずっと、いっしょにね。〉
  するとことりは、首をちょこんとかしげていいました。
  〈そうだよ、くま。ぼくはきのうの朝より、あしたの朝より、きょうの朝がいちばんすきさ〉って。]
  [でも、もう、ことりはいないのです。
  〈ああ、きのうはきみがしんでしまうなんて、ぼくはしりもしなかった。もしも、きのうの朝にもどれるなら、ぼくはなにもいらないよ〉
 くまは、大つぶのなみだをこぼしていいました。]
  [いつも、どこへいくにも、くまはことりをいれたその箱をもってあるくようになりました。
 森のどうぶつたちが、たずねます。
 〈おや、くまくん。すてきな箱をもってるじゃないか。いったいなにがはいってるの?〉]
 「森の中で兎やリスが熊に話しかけている絵です。」
  [けれど、くまが箱をあけると、みんなこまった顔をしてだまってしまいます。それからきまっていうのでした。]
  [〈くまくん、ことりはもうかえってこないんだ。
 つらいだろうけど、わすれなくちゃ。〉]
 「このページには熊はいなくて、リスと、2匹の兎がこっちを向いています。」
  [くまはじぶんの家のとびらに、なかからかぎをかけました。]
  [くらくしめきった部屋で、ひるも夜もじっとすわっていると、ときどきあさくてみじかいねむりがやってきます。くまは、いすにすわったまま、すっかりつかれきって、うつらうつらするのでした。]
  [ある日のことです。 ひさしぶりにまどをあけてみると……なんていいおてんきでしょう!]
 「熊が窓を開けて、外を眺めている後ろ姿の絵です。」
  [風が、草のにおいをはこんできます。 くまはそとにでて、白いくものぽっかりうかんだ空を、はじめてみるもののようにみあげていました。]
 「熊が鼻を上に突き上げて匂いを嗅いでいるような顔つきで、目をつぶっています。
箱はしっかり胸に抱きしめています。」
  [くまはあるきだしました。
 森をぬけ、川べりの土手にのぼると、草はあおあおとしげり、川はきらきらとひかっていました。]
 「川があって、橋があって、土手があって、木が生えていて、水が流れていて、花も咲いています。その遠景にシルエットで熊がいます。」
  [おや?みなれないやまねこが、土手にねころんでひるねをしています。
 ぼろぼろのリュックサックと、おかしなかたちの箱が、草のうえになげだされています。]
 「遠くから熊が、山猫を見つけて、熊が近づいて来る様子です。」
  [くまは、おかしなかたちの箱のなかが、みたくてたまらなくなりました。]
  [〈きみ……〉
 ながいあいだ だれともしゃべっていなかったので、くまのこえは かすれていました。
  〈なにか、よう?〉
 やまねこは、かた目だけあけていいました。
  〈きみのもっている箱を、みせてほしいんだ〉
 つっかえながらくまがいうと、
  〈いいけど〉
 やまねこは、こんどは、りょう目をあけました。]
 「熊も山猫も、横顔だけの絵で、ちらっと山猫が熊をみています。」
  [〈くまくん、きみのもっているきれいな箱のなかをみせてくれたら、ぼくもみせてあげるよ〉]
 「山猫が起き上がって座っています。
周りにお花がたくさん咲いています。」
  [くまはちょっとまよいましたが、箱をあけました。
 ことりは、いいにおいの花びらにつつまれて、とてもきもちよさそうです。
 しばらくのあいだ、やまねこは ことりをじっとみつめていました。
 それからゆっくりかおをあげると、いいました。]
  [〈きみは、このことりと、ほんとうになかがよかったんだね。ことりがしんで、ずいぶんさびしい思いをしてるんだろうね〉
 くまはおどろきました。こんなことをいわれたのは、はじめてです。]
 「箱の中で安らかに目をつむって、手を上げて仰向けに横たわって、眠っている小鳥の絵です。」
  [やまねこが、じぶんの箱をあけると、なかからでてきたのはバイオリンでした。
  〈きみとことりのために、1曲えんそうさせてくれよ〉]
 「次の2ページ続きの絵には、言葉は無くて、山猫が、立って、目をつぶって、バイオリンを奏でています。熊は座って、箱を抱えながら目をつむってじっと聞いています。小鳥と過ごした沢山のことを思い出しているようです。
 周りに、お花が咲き乱れています。
 バックは黒、その周囲はだんだんぼかした灰色になっています。」
  [やまねこがバイオリンをひいています。
 おんがくをききながら、くまはいつのまにか、目をとじていました。すると、いろいろなことが思いだされるのでした。
 ことりは、イタチにおそわれて、ケガをしたのです。
 いくばんもねむらずに、くまはことりのかんびょうをしました。ずいぶんひどいケガでしたが、ことりはけっしてなきごとをいいませんでした。それより、イタチにくいつかれて、おばねがぬけてしまったのを、はずかしがっていたものです。
 バイオリンのおんがくは、ゆっくりと、なめらかにつづいています。]
 「熊が音楽を聞きながら、目をつむって小鳥のことを思い出している様子と、小鳥がイタチに追われている場面が、2ページに分けて描かれています。」
  [あのとき、くまはことりのために、きれいな葉っぱをあつめたのでした。ぬけてしまったおばねのかわりに、おしりに葉っぱをむすびつけてあげると、ことりはとてもよろこびました。色とりどりの葉っぱをみようと、うしろむきにくるくるまわっていたことりのすがたが目にうかび、くまはすこし、にっこりしました。]
 「次の2ページ続きの絵は、葉っぱや木の実や、尾羽根など、ひとコマひとコマがあり、いくつかの小鳥のポーズも描かれています。
 この中で、葉っぱをおしりに結びつけた糸だけがピンクで、そのほかは全部白、黒です。
周囲はだんだん灰色になっています。」
  [・…]
 この後、熊は山猫と一緒に小鳥のお墓を作りました。
  [・…]
  [〈さて、そろそろ行くとするかな〉
 やまねこは空をみあげました。
  〈きみ、どこへ行くの?〉
 くまがきくと、
  〈さあ、気のむくままさ〉
 やまねこは、そういって、バイオリンケースをかつぎました。
  〈町から町へと、旅をしてバイオリンをきいてもらうのがぼくのしごとなんだ。
 〈きみもいっしょにくるかい?〉
   〈え?ぼくもいっしょに?〉
    ……]
 熊は、このとき山猫から借りたタンバリンを持って山猫と一緒に音楽の旅回りにでかけました。このタンバリンに付いているヒモもピンク色です。
 以下は省略させていただきますが、熊が山猫の豊かな音楽によって大きな慰めを得られたことはご想像いただけると思います。
 そして7年を経てもまだ、喪の中にいたわたしのために、大切な友が、この本を選んでくださったことは間違いありません。
 友の語ってくれた言葉を上手に再現出来ないことを申し訳ないと思います。それにわたしの思い込みだったり、勘違いだったり、もしかしてこの原本をご存じの方がいらして、「こんなふうに聞き取ったの?」と思われましたら、これは友人の責任ではありませんのでその点はお許しください。
 この『くまとやまねこ』とのめぐりあいの後、2、3年経た今も、この友は沢山の本を通じてわたしを励まし続けてくださっている。ただただ感謝です。
 用いた本 『くまとやまねこ』
   文・湯本香樹実(かずみ)
   絵・酒井駒子(こまこ)
   2008年4月30日 初版
 河出書房新社の 途中まで。
                                  2017年3月28日(火曜)

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