「うか」110号  トップページへ 
     点字から識字までの距離(103)
             
野馬追文庫(南相馬への支援)(21)
                                   
山 内  薫

      Sさんからの寄稿

 前回に引き続き、今回は福島県立図書館のSさんから原稿を寄せて頂きました。

 東日本大震災から六年が経った。原発事故後に設置されたリアルタイム線量測定システムの存在も、日常の風景の一部となった。東日本大震災では、原発事故が発生したことで物理的な被害だけでなく、多くの人に精神的なダメージをあたえたのだと思う。目に見えない放射性物質による汚染は、詳しい情報が得られないことで、より一層不安が大きくなった。新聞やテレビの津波や原発事故の衝撃的な映像や、嘆き悲しむ人たちの姿や声をあまりにも多く見聞きしすぎて、私自身、現実におきている不幸な話に鈍感になっていた時期があった。「気の毒に」とは思うが、胸を打たれることがない。「もう知りたくない」と感じたことさえある。そんなときに、私を叱咤したのがたまたま手にとった詩の一節だった。
 「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」
 茨木のり子の詩、『自分の感受性くらい』の一節である。当時は無意識のうちに、つらくならないように自己防衛していたのだと思う。この詩を読み、涙が溢れた。
 日々、目を通す新聞には、被災した人たちの悲惨な状況や犠牲者の情報があふれていた。凄まじい現実を受け止めきれず、心が鈍化していったのだと思う。当時、「新聞は毒だ」と言った知人がいた。だからといって、知らないままではいられない。
 震災後、人の生死について、すっと心に届いた本があった。『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』(佐々涼子 著 集英社 2012)というノンフィクションである。「国際霊柩送還」とは、海外で亡くなった邦人の遺体を処置して遺族に届ける、日本で亡くなった外国人を故国に送り出す作業のことだという。著者は「おわりに」でこう述べている。「彼らは遺族の涙を止めようとは思っていない。国際霊柩送還の仕事とは、遺族がきちんと亡くなった人に向き合って存分に泣くことができるように、最後にたった一度の「さよなら」を言うための機会を用意する仕事なのだ。」「人間は時間をもとに戻すことができないし、失われたものを取り戻すことはできない。だが、死者とともに生きることはできる。」
 ノンフィクションよりフィクション、それも全くの異世界を描いたファンタジーの方が、素直に受け止められるものが多かった。『鹿の王』(上橋菜穂子 著 KADOKAWA 2014)
は「生きる」ということを強く感じさせてくれるファンタジー小説だった。過酷で厳しい状況の下で生きる登場人物に共感しながら、私自身も心が強くなったように感じた。
 先日、図書館に展示されていた富士山の絵を子どもが指さして、「ママ、見て! 吾妻小富士だよ!」と言っているのを見かけた。吾妻小富士は福島市にある、富士山に似た山である。
 そのとき私は、絵本『あさになったのでまどをあけますよ』(荒井良二 作・絵 偕成社2011)を思い出した。「あさになったので まどをあけますよ」と、それぞれの場所で朝を迎えた子どもたちが窓を開け、「やまは やっぱり そこにいて きは やっぱり ここにいる だから ぼくは ここがすき」と、いつもの風景、いつもの朝を迎える。この絵本を読む度、東日本大震災で失われてしまった、ありふれた日常が、どれほど大切なものだったかを思う。
 富士山を知らない子どもにとって、富士山の絵は身近な吾妻小富士に見えたに違いない。富士山は日本一だと言われるが、私にとっては吾妻小富士の方が大切な山なのだ。
 富士山と吾妻小富士を間違えた子どもに、母親は「これは富士山だ」と教えていたが、私はこっそり親指を立て、「吾妻小富士!」と心の中で頷いた。

 震災当時のことを考えると、悪い夢だったのではないかと思いたくなる。
 今では少し客観的に考えられるようになり、マスメディアによって繰り返し伝えられる「絆」や「つながろう」という言葉に、違和感を覚えるようになった。「絆」や「つながろう」という言葉には、縛られるつらさを感じる。立場や境遇の異なる人がいて、さまざまな価値観の人がいる。だからこそ、つながれない、そっとしておいてほしい人もいるのではないだろうか。「助け合おう」といわれた方が、私はうれしい。

 福島県と宮城県の境にある海沿いの町、新地町の図書館には、東日本大震災直後の様子を紙芝居にした『ふくしま避難所物語』がある。新地町図書館の司書はこの紙芝居について、「震災を体験した今の世代の人にとっては見るのも辛い資料だろう」と言う。この紙芝居は「震災を知らない、これからの子どもたちに伝えていくための資料」だと考えているのだそうだ。
 福島県立図書館「児童図書研究室ニュース No.93」(2017年3月発行)では、震災後はじめて「東日本大震災を伝える本」の紹介をした。そこには、こう書かれている。「東日本大震災から6年が経ちました。あのころ生まれた子どもたち、そして震災後に生まれた子どもたちに震災について聞かれることがあると思います。あの時何がおきたのか、何を考え行動したのかを伝えるときに手渡したい資料を紹介します。震災を思い出したくない、忘れていたいという人も多いと思います。無理をして読もうとしないでください。読んでみたい、何かで子どもに伝えたいと思ったときに、このリストをご活用ください。」

 今だけでなく、これからの子どもたちのために何ができるかを、私たちは考え続けていかなければならないと思っている。

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